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author
細川又三良 (ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。
art direction & design
Instant Design Works
photograph
matasaburo EXHIBITION |
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| 073.『冬の帰り道 (前編)』 |
| Date: 2007.02.08 |
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今、僕は大好きな人ととても幸せな恋愛をしているはずなのに、どうして、こんなにも胸がきつく締め付けられるんだろう。
空気が澄んでいるように見える冬の空を見上げて、そんなことを考える。
片想いの時期はとっくの昔に過ぎ去ったというのに――僕の心は未だにあの頃のままだ。
今日も仕事を早めに切り上げて、最寄り駅の改札を出て彼女が勤めている書店へと向かう。閉店時間は九時だけど、少し気が弱そうな顔をしている店長は駅から店に流れる客の顔を見て、いつも十分ほどシャッターを下ろすのを遅らせる。
そんな余計な優しさが僕と彼女の逢い引きを遅らせることになる。
まったく、本当に余計だよ、と呟いて、今日もまた店の外で彼女を待つ。
彼女とちゃんとつき合うようになってから、僕は店の中に入らなくなっていた。特に彼女が何かを言ったわけではないけれど、自分の働く場所にプライベートの人間がいるのはどうにも気になってしまうものだと思って遠慮するようにしている。
しかし、許されるのなら店内にいたいと思う。レジがよく見える雑誌のコーナーで立ち読みをする振りをして目の隅で仕事をしている彼女を観察するのだ。
「カバーをお掛けいたしますか?」
彼女はそう客に訊いた後、手早く丁寧にきっちりとカバーを掛ける。その技は名人芸で何度見ても飽きなかった。試しに彼女の部屋でやらせようとしても、彼女は僕の前では絶対にやってくれなかった。
実は彼女はカバーが好きじゃないからだ。
カバーをつける理由として、本を綺麗に保ちたいとか、読んでいる本を他人に知られたくないのは理解できるけど、でも、良い装幀の本が多いのだから、やっぱりそれもちゃんと見て欲しいからと言っていた。
何よりも本が好きな彼女らしい言葉。
そんなところもまた好きになる。
もし、恋愛に悩む人たちに恋が長続きする方法をレクチャーしてやれ、と言われたら、僕は迷わずこの方法を進めるだろう――そう、こういう彼女が好きだ、という瞬間を少なくても片手ほどは数えられるようにしておくこと、と。
そのシーンをすぐに思い浮かべることができれば、多少の遅刻やワガママや口げんかでも許すことができるから。今のところ、僕が好きな彼女のシーンは、レジでカバーを掛ける手さばき、仕事が終ってポニーテールを解く瞬間、クッションを抱きながら本を読むこと、のベスト3になっている。
煌々と明るく光を放つ書店の隣、すでに閉店した銀行の前で白い息を吐きながら、僕は待っていた。その場で足を踏みならしていると、例の気の弱そうな店長が出て来て、店先ののぼりを片付け始めた。次にすぐ横にある週刊誌のブックスタンドを片付ける。店内にはすでに蛍の光が流されているのか、数人の客が出て来て夜の街に消えていった。
もうすぐだ、と、なぜかシャドウ・ボクシングを始める。足を踏みならすと、どうしてもボクサーになってしまう、男はそういう不思議な生き物だ。
左ジャブ、左ジャブ、右ストレート、目標をぶちぬく様に打つべし、打つべし、明日のためにその2だ。
店内の蛍光灯が半分消される。あとは仕事の整理とお金の処理をすれば、戸締まりをして出てくるはず。すでにメールで隣の銀行の前で待っていると伝えてある。
もうすぐ会える、と思っていると、店の裏から出て来た彼女は気弱そうな店長ともう一人アルバイトの女の子と一緒に駅の方向へと歩いていった。
ちょっと待ってよ、と思いつつ、後ろから声を掛けることはできない。
歩きながら携帯を操作するのも見えたし、銀行の前にいるのだから彼女も僕に気付いているはず――それならば何か訳があるに違いない。
心当たりがあるとすれば一つだけ、そう、気弱な店長の秘めたる想いってところだろうか。
しばらく、今度は店の前で待っていると駅の方から彼女が息を弾ませて走ってくる。
シャッターが閉じた駅前の商店街、歩く人たち、街灯の薄明かり、急に吹き付けて通りを走り抜ける木枯らし、その中でこっちに向かってやって来る彼女の姿にフォーカスが合う。
「ごめんね、待った?」
彼女の白い息が僕の視界を覆う。
「うん、すごい待った」
「ごめんね……店長さんに食事誘われて、断るの大変だった」
やっぱりな、と思う。店長の気持ちは初めてこの店に足を踏み入れた時から何となく伝わってきていた。平積みの前でエプロン姿の彼女と話していると、
「フミちゃん、ちょっとレジ頼むよ」
と釘を刺されたことを思い出す。仕事上の二人の関係はまるで長年連れ添った夫婦のようで、バイトの女の子連中からもそんな風に見られてたと彼女が言っていた。前の店長がひどく威張り散らす中年の男だったらしく、ようやく若くて柔軟な考えを持った上司と巡り会えて、仕事がしやすいと喜んでいた。
その日、僕は彼女と初めて待ち合わせをしたのだった。しかし、急に棚卸しの仕事が前倒しになってしまい、彼女は仕事の隙を見て僕を外に連れ出して、そのことを説明しようとした。すると、その時、彼女を捜しに外に出て来た店長は僕たちを見て言った。
「あっ、フミちゃん。急なことだし、お店のことは僕がやるから、今日はいいよ。お疲れ様」
店長が中に戻るのを見て、すぐに仕事に戻るように言った。
「仕事戻りなよ……今日はキャンセルでいいからさ」
言いにくいことはこっちから先に言った方がいい。どうせ、彼女の性格的にも人が仕事してる時に遊ぶようなことはしないだろうし、たとえ、このまま会ったとしてもお店が気になって楽しめないことは明白だった。
「ゴメンね、今日」
頭を下げる彼女に、にっこりと笑って、
「気にしないで、今度会ってくれればいいから」
と言って別れる。
ここまで見れば表面上は優しい奴だけど、僕なりに打算が働いていた。
前の恋に疲れ果てている彼女を落とすのは大変だと思って、強引につけ込む隙を狙っていたのだ。そのためには彼女に貸しを作ることが必要だと思っていた。案の定、その見込みは当たっていて、次のデートで僕は彼女の部屋に上がり込んで、そのまま結ばれることになった。
力業だったのは認めるけれど、でも、後悔はしていない。
その証拠に今、僕の隣には彼女がいるのだから。
(※『後編』につづく) |
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