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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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072.『過去女に美味しい焼き豚を』
Date: 2007.01.31
 午後十時を過ぎた時に突然鳴り出した携帯電話――液晶を見ると見知らぬ十一桁の番号が表示されている。誰だろうと思って電話を取る。
「一次通過、おめでとう」
  突然、女の声で祝福の言葉。
「ありがとう……でも、どちらさま?」
「声だけじゃ、わかんないよね」
「いや、わかるけど、でも、万が一外れたら、君を無駄に傷付けることになるから、ちゃんと名乗ってよ」
「相変わらず、ずるいね」
「そう? じゃあ、電話を切るよ、祝福の言葉は受け取ったから」
「んもう、バカッ――カナだよ」
「はは、やっぱり、カナだ」
  本当に僕がわかっていたかどうかは……そうだな、内緒ってことにしておこう。
  声を聞いて名前を知れば、実際に会って話した相手なら忘れることはない。
「どうした、サイトで見たの?」
「うん、ミクシィでもね」
「まだ、一次だしね、浮かれてあとでガッカリするのも嫌だから、控えめに書いておいた」
「前に二次とか三次選考まで行ったことあったじゃん、あれは興奮した」
「あはは、でも、発表された時点で最終候補の連絡がないから、落ちたのはわかっていたけどね」
「誰か、他の人から連絡が来た?」
「え? いや、今は付き合ってる子いないし」
「いないんだ、珍しいね」
「珍しくないよ、元々はモテ無い男だし」
  ふうん、と彼女が呟く、ふと煙草が吸いたくなる。彼女とつき合っていた時、メンソールの長い煙草を彼女に買ってあげて、良く二人でおしゃべりをしながら吸っていた。
「過去の彼女さんからは?」
「ないね、たぶんサイト見てないんじゃないかな。他の男とよろしくやっていれば、僕のことなんてすぐに忘れるよ」
「あー、女心わかってないね、又さん。別れてもismがある限りたぶんちゃんと覗いてるよ」
「そう?」
「うん、私がそうだから」
「自分基準かよ。まあ、でも、一次程度じゃ、連絡は来ないだろ」
「でも、受賞すれば変わるかもよ」
「ああ、ありえる。一通の短いメールが来るんだろうな。『私のこと、わかりますか、今回は受賞おめでとうございます』って」
「そうそう『ずっと遠くから応援しています。これからの活躍を祈ってます』ってね」
「かー、うぜえな。もっと近くに来て、受賞記念にフェラチオして欲しいよ」
「……相変わらず、下品」
「ふはは、僕は性欲と純愛の狭間で生きているからな」
「意味不明」
  そもそもこの通話自体、意味なんてないだろ、と言いたくなる。席を立って、キッチンに立ちマグカップに冷えたコーヒーを注ぐ。
「――でもさ、そういうの来たら嬉しい?」
「フェラ? んー、そりゃ嬉しいよ」
「がー、違うって、過去の女からのメール」
「どうなんだろうね、僕は基本的に変態だから、自分の感情はさておいて嬉しいと思っちゃうだろうね」
「でもさ、又さんを振った彼女もいるわけじゃない?」
「ああ、いるね。そうだな、いくつかのパターンに分類されるかも」
「パターン?」
「付き合った彼女も一度だけ寝た女の子を含めて、過去女(カコジョ)って僕は呼んでるんだけど、その中で、まず、一つ目に君が言った、僕をひどく振った女の子たちがいるよね」
「うん」
「そいつらに対しては、振ったくせに今さらメールなんて送りつけてくるなよ、とムカつきながらも、ふはは、しっぽ振って来やがったって優越感もあって、少し複雑だね」
「あはは、正直だね」
「二つ目は、逆に僕が振っちゃった子とか自然消滅で別れちゃった子だね。たぶん、すごく優しくなれると思う」
「まだ自分のこと好きなんだって思うからでしょ」
「そう、当たり。また今度、近くに来たら会おうよ、なんてね」
「またエッチ前提なんでしょ?」
「そりゃそうだ。身も心も裸になる気がないのなら、わざわざ二人っきりで会う必要なんてないじゃない。サイン会にでもこればいい」
「わっ、サイン会なんてやるつもりでいるんだ」
「うそうそ冗談だってば……で、三つ目は、お互いに納得して別れた女の子たちかな。その子たちにも優しくなれるね」
「お互いに納得してか……」
「そうそう、その時、他に彼氏がいたりダンナさんがいたり、地方に住んでいたりして、諸般の事情で結ばれなかった二人ってことで……君はここに入るんじゃないのかな」
「なるほど、だから、優しいんだ」
「四つ目が暴露系のバカ女だよね。別れた後に、僕とのセックスは全然良くなかったとか、他の人に言い触らしたりするんだよ」
「そんな人いるの?」
「いるいる、他にも逆恨み系もいるよ。『あなたの小説なんて私は認めない』って、君に認められなくても、世間に認められれば僕はそれでいいわけで」
「嫉妬してるんだ、又さんの才能に」
「んー、嫉妬するような才能なんてあるのかなぁ……まあ、そんなこと言ってる暇があるなら、さっさと作品書けよって思うけど」
「そうだね」
「あ、そうだ、約束を思い出した」
「約束?」
「うん、過去に数人の女の子たちに約束したんだよ、もし、僕が小説家としてデビューしたら美味しい焼き豚を食べさせてあげるって」
「なんで、焼き豚?」
「なんでだろ、あ、最初にそれを言ったのが中華街だったからかな?」
「へんなのー」
「その頃ね、って、今もそうだけど、お金がなくて、良く付き合ってる彼女にご馳走してもらってたの。ご馳走だけじゃなくて、デザインや写真集の高い本やカメラを買う時に援助してもらったりとかしてた」
「うわー、又さんってヒモだったんだ」
「ヒモじゃないよ。古今東西、将来のある芸術家にはパトロンを、才能のある小説家には支えてくれる女が必要なのさ」
「えー、でもなぁ……」
「現金を要求したことは一切無いよ。援助してもらったのはすべてクリエイティブに関係するものだけ、あとは二人でする食事ぐらいかな。そうしないと僕自身がダメになってしまうからね、図々しいんだけど一線は引かないと」
「偉いんだか、偉くないんだか」
「まあ、一番偉いのは彼女たちだよね。言わば、僕の才能を信じて貴重なお金を出してくれたんだから、誰にでも出来ることじゃない。だから、僕がちゃんとデビュー出来たら彼女たちは胸を張って自分を誇っていいんじゃないのかな? 私は本物の才能を見出して育てたんだよってね」
「普通、そう言うのって、才能が無くて口ばっかりのダメ男なのにね」
  あはは、と笑い合う。
「信じるって愛すると同じぐらい怖いことだと思うんだ。無条件で相手に自分の心を預けるわけだからね。今はもう彼女たちはみんな去ってしまって焼き豚はおごってあげられないけど、でも、信じてくれたその気持ちはちゃんとお返ししたいと思うんだ。僕のプライドに賭けてね」
「心意気はいいね」
「うん、でも、まあ――取らぬ狸の皮算用って奴だな、現段階では」
「まだ一次だもんね」
「そうそう、最低でも二次まで、そうだな最終選考まで残れたらいいね。で、これがダメでも、まだ次の賞があるし、僕は別に小説家になりたいわけじゃなくて、ずっと小説を書いていく人間になりたいんだから、先は長いよ」
「うん、頑張って」
「あいよ、じゃあね」
「うん、電話で取ってくれてありがとう」
「はい、じゃあ、またね」
  携帯電話を切って、十一桁の番号を見て消去のボタンを押す。
  またね、と言ったものの、僕がデビューしようとしまいが、もう二度と彼女は電話を掛けてこないような気がした。

 (了)
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