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author
細川又三良 (ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。
art direction & design
Instant Design Works
photograph
matasaburo EXHIBITION |
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| 071.『初デートとおみくじと姫始めの行方』 |
| Date: 2007.01.17 |
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彼女との初デートは新年に入ってからの初詣だった。
クリスマスの夜に約束をして、年末から正月を実家で過ごした僕は、東京に戻った翌日に彼女と待ち合わせをした。久しぶりの彼女は何も変わらないように見えて何かが確実に変わっているように見えた。
何か――じゃなくて、ちゃんと具体的に言い表せるように観察しようとすると、彼女も僕の顔を見ようとして、思わず目が合ってしまう。
「な、何だよ」
「そっちこそ、何?」
お互いに白い息を吐きながら笑い合う。
あれから一週間とちょっとが経っていた。たった、それだけの時間なのにクリスマスから年を越えての日々はカレンダーの日付よりも長く感じた。
「いやー、久しぶりだなって」
「うん、旧年はお世話になりました」
「いえいえ、あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
唇が重なった瞬間、繋がったと思った気持ちも、新年を迎えてリセットされたみたいで、二人の間にはどこか他人行儀で緊張の空気が流れていた。強引でも手を繋いだ方が雰囲気が変わるかな、と思ったが、行動に起こす前に彼女は手をポケットの中に入れて携帯電話を取り出した。ポチポチと操作をして液晶画面を僕に見せる。
「ほら、初日の出だよ」
あっ、と思って僕も携帯を取り出して、急いで操作をして彼女に画面を見せる。
「おっ、こっちも初日の出」
「え、ホントに?」
「うん、正真正銘、元旦の日の出だよ。朝まで家族と麻雀してて、ハコテン喰らった直後に朝になって外に出て撮ったの、君は?」
「友達と一緒に」
「へー、男だったりして?」
「うん」
「はぁ!?」
「男の人もいたよってこと、焦った?」
いや、全然、と首を横に振る。そんなことよりももっと驚くべきことがあるではないか。
「すごいなって思って、もしかしたら、同じ太陽を同じ瞬間に見ていたかもしれないんだよ」
「あー、そうかも、あの時、一番に又さんに見せようって思ってメールを送ろうと思ったんだけど……」
「ああ、僕もメルアド知らなかった」
「バカだよね」
「auだったら、Cメールが出せるのに」
すでに神社の本殿にたどり着いていた。正月三が日を終えて、神社も人の姿がまばらだった。僕と彼女は無言でお賽銭箱にお金を入れ二拝二拍手一拝の作法で拝礼して本殿を後にした。
「ねえ、おみくじ、引かない?」
おみくじの建物の前で立ち止まる彼女。
「僕、実家の神社で引いちゃった」
「あっ、私も、みんなと初詣した時に引いちゃった」
「何となく、一年に一度だよね」
「私は中吉だったよ、なんだった?」
「僕は……あれ、なんだっけ。最近のおみくじってさ、凶を入れなくなったんだよね。だから、つまんなくて憶えてないんだよ、末吉って書かれても、吉よりもいいのかわかんないじゃん」
「どうしよう、引く?」
「いいよ、引こうよ。元来おみくじは願い事を胸に秘めながら引くのが正しい引き方らしいから、僕は君とのこれからを占うよ」
笑いながら適当に言ったのに、彼女は急に真剣な目つきになって六角形の筒を両手で握りしめ、えいっ、と気合いをいれて振った。出て来た数字は二十三番だった。
「二十三、いいじゃん、僕の誕生日だ」
意味不明な僕の言葉に彼女はガッツポーズをして鼻息荒く引き出しを探した。僕も筒を振ると三十六番の棒が飛び出てきた。すると、
「やったっ!」
と隣から彼女の声が聞こえた。
「大吉?」
「うん、大吉」
へー、とうなずきながら三十六番の引き出しを開けてみる。紙を取って見てみると、そこには大きく『大凶』と記されていた。横から覗き込んで大吉以上に声を上げる彼女。
「ほらー、あんなこと言うからだよー、もー、最悪。二人のこれからなのにー」
たかがおみくじ、しかも二回目なのに彼女は本気で悔しがっていた。僕はと言えば、別にどうと言うことはなかった。大体、去年、彼女と出会ったシチュエーションが最悪だったのだ。今さら大凶と言われても平気だ。
ただ、彼女が大吉を引いてくれたことは嬉しかった。自分と出会ったことが無条件で祝福されているように思えるから。
「ま、逆じゃなくてよかった」
そう言って、今さっき考えていたことを説明すると、
「じゃあ、私と出会ったことは凶ってこと」
と彼女は腹を立てた。
初詣を終えると彼女は躊躇うこともなく、うちに来る? と聞いた。僕は、ううん、と首を横に振って、どこかで食事をしようと提案した。一刻も早く彼女の部屋に行きたかったはずなのに不思議と今日はもう少し外にいたかった。
駅前にあったレストランに入る。ランチメニューではなく一品料理をいくつか頼んで、スパークリングワインをボトルで注文した。
机の上に並べられた料理をフォークで突きながら会話をする。沈黙するのは食べ物を口に運ぶときかグラスを空ける時ぐらいで、僕はひたすらしゃべり続けた。話題が途切れたタイミングで彼女が口を挟む。
「ホント、よくしゃべるよね」
「どうせ、車の設計者さんみたいに無口じゃないよ」
「……あ、それって嫌み?」
「さあね」
「いいの、私、無口な人よりもおしゃべりな人の方が好きだから」
彼女は頬を膨らませながらもそう言い切った。時に、面と向かって「好き」と言われるよりも、こういった風に回りくどく言われる方が、後々思い出して嬉しくなったりする。
「まあ、今回はわざわざメモにまとめたからね。初デートで無言になるのは気まずいし、あと、いろいろ話したいことがあったけど、会ったら忘れちゃったとか良くあるじゃん、そうならないために話したいことが思い付いたら、年末年始ずっとメールに書いてまとめてた」
「えー、ウソだぁ」
「紅白とか天皇杯決勝とか箱根駅伝を見てる時にも、ふと君のことを思ってメモってたんだよ」
「絶対、ウソ。本当にそういう口から出任せ上手いよね」
「いや、事実。メール見せてもいいよ」
「えー、見たい見たい」
再び、下書きのメールを開いて、教えてもらった彼女のメルアドを打ち込んでさっそく送信する。すぐに彼女の携帯のランプが点灯し、着うたが流れる。
「届いた、どれどれ」
独り言を呟きながら、僕の送ったメールを読む。いきなり笑い出す。
「大掃除?」
「うん、子どもの頃から大嫌い」
「小林幸子?」
「紅白見てたら、話題になるじゃん」
「白組だっけ、勝ったの?」
「いや、白組が勝つと思ってただけ、今年は紅組の勝利」
「視聴率?」
「裏番組のK−1はどれだけ頑張ったのかなって」
「迷い?」
「ああ、正月になる瞬間、どのチャンネルでカウントダウンを見るのか、毎年、迷うんだよね」
「セイコー?」
「昔はね、服部セイコーが一社スポンサーになって民放全部同じ番組だったの。その時代が懐かしいよ」
「親マン×2?」
「ああ、麻雀で負けた報告」
「まどか?」
「なぜか初メール。新年は里美と仲良くね、だってさ」
「交通事故?」
「新年から死ぬ人っているよね、って話」
「電話?」
「君に電話しようと思ってて、結局しなかった」
「末吉?」
「あ、末吉だった、最初のおみくじ」
「姫始めのこと?」
「新年最初のセックスのこと、でも、調べたら、もう一つ別の意味があるんだってさ」
「ふうん」
声に出すのが面倒になったのか、彼女は僕のメモを目で追って時々ニヤニヤと笑った。僕はそんな彼女を微笑ましく眺めながら、残ったバジリコのスパゲティを平らげた。
「すごいね、いつもこんな事してるの?」
「いや、今回は実験のつもりだよ。思い付いたことを全部メモしてみようって」
「ここに書いてあること、全然話してないじゃん」
「うん、所詮、しょうもないことばかりだから。でも、その時その時で君のことを考えてたって証拠だから、これってすごいことだと思わない?」
それから我が家の正月の過ごし方について話す。元旦はいつも朝まで麻雀やトランプをしてお金を賭けることや、正月のおせち料理やお雑煮の具などを彼女が訊くままに答える。
「――なんか、うらやましいなって思っちゃった。私、生まれも育ちも東京だし、両親も離婚して実家に帰るってこともないから」
「そうなんだ」
「田舎があるっていいなって」
「田舎者だとバカにしやがって」
「違うってば」
「わかってるよ、冗談冗談」
言葉を飲み込むように押し黙る彼女。
「あ、そうだ、初日の出は友達と?」
「うん、短大の頃の友達たちと一緒に」
「男は?」
「友達の彼氏の連れとか、大勢でわいわいと初詣行ったよ」
「あー、何となくうらやましいな、正月はいつも実家に帰るから、終夜運転の山手線にも乗ったことないしね」
「メルアド聞かれちゃった」
「へっ?」
「昨日メール来たから、今、ここで返事しようか?」
「なんて返すの?」
「明日は何してるって書いてきたから、彼氏と初詣してますって返すね」
彼女の率直な言葉に嬉しいながらも戸惑っている自分がいた。僕の知っている去年までの彼女はこんなにも自分の感情を表に出す人じゃなかったような気がする。
「いや、甘いね、どうせなら、彼氏と姫始めしてますって書いてよ」
「えええー」
「書いてよ、ほら、すごい気持ちいいですって」
「……ん、わかった」
上目遣いで睨むように僕を見ると、彼女は素早くメールを書いて画面を見せた。そして、僕が何かを言う前に送信ボタンを押した。
「わっ、ち、ちょっと……いいの、それ」
「書けって言ったの、又さんじゃん」
そりゃそうだけど、と口の中で呟く。上手く言えないけど、そう、ペースが違うのだ。最初から飛ばし続けるランナーは中間地点を越えるといつも失速する。脇腹が痛くなったり足がつったり脱水症状を起こしたり、無理をすれば必ずあとでしっぺ返しを喰らうだろう。
一息着いた後に店員を呼んでお勘定をして貰う。ペースを変えるのなら、とりあえず場所を変えるのが一番なはずだ。
駅に向かって歩くと、その途中、写真屋があって、晴れ着の女性の写真がいくつか並べられていた。
「あ、今年は晴れ着とか着た?」
彼女は無言で首を横に振った。
「そっか、まあ、面倒だしね。成人式の時にはどんな振り袖着たの?」
一拍タイミングを置いて彼女は答えた。
「私、成人式、出席しなかったから――その日はずっと家にいたの」
どうして、と聞き返そうとして口を噤んだ。何か込み入った事情があるのが読めて、興味があるけれど、中途半端に聞き返すよりも、ゆっくりと話せる場所で会話した方が良いような気がした。
ふいに彼女は僕から顔を背けて駅へと向かう足を速めた。僕はわけがわからずに彼女の背中に続いた。何か気に障るようなこと言ったのかな、と心配すると共に、理由も言わず黙り込む彼女に苛立ってもいた。
通勤路線だったのか彼女は定期券を改札機に滑り込ませて駅の構内に入っていった。僕はキップを買って改札を通ったが、彼女は待っててはくれなかった。急いで階段を駆け上がると、発車ベルが鳴り響き、今すぐにでも各駅停車が出るタイミングだった。必死で階段を駆け上がる僕を一目見て、彼女は電車に乗った。
すんでのところで間に合わず、僕の目の前でドアが閉まり電車が動いた。彼女は泣きそうな顔をしてホームに取り残された僕を見ていた。
(了) |
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