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author
細川又三良 (ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。
art direction & design
Instant Design Works
photograph
matasaburo EXHIBITION |
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| 070.『私といて退屈?』 |
| Date: 2006.12.27 |
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「ねえ、私といて退屈?」
急に彼女の声が耳に飛び込んでくる。
「は、何言ってんの」
半分笑いながら答えて、彼女の顔を見ると、とても冗談で発したような顔をしていなかった。
「――って、退屈だったら、そもそも会ってないよ」
「ごめんね、楽しい話とかしてあげられなくて」
うつむいてストローを啜る彼女。
なるほど、また、やってしまったんだ、と思う。
彼女の「ごめんね」は謝っているように見えて、実は僕を責めている。だからと言って、僕が「ごめんね」を言うわけにはいかない。
「ごめんね」の「ごめんね」返しは、沈没寸前の船にもう一つ穴を空けるようなものだ。
僕は作り笑顔とわかっても良いから、頬の筋肉を動かしてにっこりと笑う。
「別にユカは漫才師じゃないんだし、そんなことで謝らないで」
そう、彼女が悪いわけじゃない。念のために訊いてみる。
「どうして、そんなこと言うの?」
「だって、又さん、さっきから無表情で黙ったままなんだもん」
やっぱり、僕が悪いのだ。
頭の中を割って見せることができれば一番わかりやすいんだろうけど、僕の頭の中には常に空洞があって、時々、パッと思い付いたことがそこに居ついてしまうのだ。
それはデザインのアイディアだったり、エッセイのネタだったり、小説のワンシーンだったりするのだ。それらはとても自分勝手な奴らで、その瞬間に考えてあげないと、サッと姿を消してしまい二度と現れなくなってしまうのだ。
「どんな顔してた?」
「だから、無表情なの。笑ってるわけでもないし怒ってるわけでもない、ホントに感情がないの」
「そうなんだ、割と楽しいことを思い浮かべてたんだけどな」
「覗き込むと、又さんの目には私が映っているのにね、又さんには私が見えてないんだもん」
僕はなるべく彼女がわかるように説明する。
出会って付き合うようになってから、わずか一ヶ月ほどなのだ。こういう所から始めなければならない。
「――だから、突然、思い付いちゃうんだ。そうなったら、頭だけまるで別の世界にトリップしちゃうんだよね」
「私といるのに?」
「誰とどんな時にどんな場所にいてもだよ」
「ふうん、じゃあ、さっきは何を考えてたの」
「えー、言うの?」
「うん」
「どうしても言わなきゃダメ?」
真剣な目で僕を見つめて、うん、と力強くうなずく彼女。仕方なく話し始める。
「意外にもユカがきっかけだったんだよ。今日のプリーツスカート、実は結構パンティがチラチラ見えるのね、で、さっき、電車で前に乗ってた男の子がページを捲る度にチラチラ見てたんだよ、駅の階段を上がる時も後ろを見たら、その子も降りてて、とっさに目が合っちゃったんだよ。その瞬間、パンティを見せる彼女とパンチラに興味を持たない彼氏の話を思い浮かんだんだ。彼女はオシャレ好きで中でもスカートが大好きなのね、当然、パンチラなんて恥ずかしくて嫌なんだけど、彼氏さんの関心を自分に向けるために、どうしても短いのを履いちゃうの、もちろんガーターベルト付きで、でもね、彼氏さんは男でも珍しくチラリズムにまったく性欲を感じないの、彼氏はどちらかというとブラウスとかパンツスーツとかに浮かび上がる下着の跡のフェチなのね、エンボス処理じゃなきゃダメな人。しかし、その性癖を彼女には言えない、そんな二人の切ない擦れ違いが話の中心なんだけど、ある時、彼女に恋する一人の少年が現れるんだよね、少年は彼女が自分に見せるために短いスカートをはいてくるんだって勘違いしてるの、んで、その少年がある朝、事件を起こすの……」
その時、ようやく彼女の困惑に満ちた視線に気付く。ふと、周りを気にすると、両隣のテーブル客は聞き耳を立てるように押し黙っていた。
「あ、まあ、そんな感じ……そろそろ出よっか」
続きを聞きたい隣の席の客には悪いけれど、僕はこれ以上、彼女の機嫌を損ねたくないのだ。
「うわー、もう、超恥ずかしいよ」
早足で店を離れながら彼女はそう言った。しかし、その声はどことなく上機嫌な声に聞こえた。
「ごめんごめん」
「又さん、声大きいんだもん」
「自分では普通のつもりなんだよね」
「普通の声でもパンティとかガーターって目立つよ」
「ホント、申し訳ない」
「でも――なんか、すごいと思った。隣のカップル、何かケンカしてたのに途中から黙って又さんの話聞いてるし、右の男の子二人もクスクス笑ってるし、何だろ、やっぱ、又さんってヘン」
「でも、訊いてきたのはそっちでしょ」
「ううん、私、やっぱり、又さんみたいに面白いこと話せないから、やっぱり退屈しちゃうんじゃないかなって思っちゃう」
それは違う、と首を横に振る。
面白い話だから楽しい、と、何でもない話だけど楽しい、はまったく違うのだ。
僕が彼女に求めているのは後者。彼女が話すことなら、何でもない話でも楽しく感じる。別に綺麗事じゃなくて本当にそうなのだ。
話が前後してもいいし、オチがなくても良いし、だらだらと長くても構わない。
僕はその話を通じて、彼女を知ることが出来るから。
それに会話は二人でするものであり、退屈ってことはどちらかが悪いわけではなく、二人が悪いのだ。
退屈と思うのなら、楽しい話題を提供しない彼女が悪いし、そもそもせっかく二人でいるのに退屈そうな顔をしてしまった僕が悪いのだ。
「あ――また、あっちの世界に行ってる」
「おお、鋭いね」
「今度は何?」
「えっとね、このやりとりをエッセイにしたいなって考えてた」
「へ、やりとりって?」
「ねえ、私といて退屈? から始まるやりとり。そうだな、僕にとっては一緒にいる時に、いろいろと考えさせてくれる彼女なら、全然、退屈しないよね」
そう言うと、彼女は嬉しそうに私のこと? と自分の顔を指した。
単純なやつ、と笑いながら、そっと彼女の左手に触れて指を絡ませた。手を繋ぐと、彼女よりも僕の方が、彼女のことを必要としていることに気付いた。それは三年前の七月以来の感覚で、少なからず僕は驚いていた。
(了) |
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