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細川又三良 (ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。
art direction & design
Instant Design Works
photograph
matasaburo EXHIBITION |
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| 069.『聖なる夜に、あったかポトフ (後編)』 |
| Date: 2006.12.24 |
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(※『中編』のつづき)
「んわー、もう、お腹いっぱい」
ソファに倒れ込む里美、幸せそうにクッションを抱きかかえてる。僕は食器を片付け、飲みかけのグラスとボトルをリビングに運んだ。食欲が満たされアルコールも程よく回ってきたみたいで、彼女の顔はほんのりと紅潮していた。
「メリークリスマス♪」
飲みかけのグラスを目の前に掲げて里美は言った。
「はい、突然のお客さんに乾杯」
軽くグラスを鳴らして静かに傾ける。濃厚な味の赤ワインと聞いていたが、渋みが少なく随分と飲みやすかった。満腹だと言っていたのに、里美は花に水をやるようにスッとワインを飲み干した。もう一度、注ぐとまたすぐにグラスを空にした。
「なんか、ヤケ酒あおってるみたい」
そう? と里美は鼻で笑いながら、
「飲みやすいワインだからだよ」
と答える。
本当の理由については聞かないでおこうと思った。聞いたところで僕がどうする問題でもないはずだ。
「ねっ、ケーキ食べようよ」
里美は立ち上がって食器棚から小皿とナイフとフォークを用意した。買ってきたクリスマスケーキは直径二十センチほどの小さな生クリームのケーキだった。ナイフを立てる前にキョロキョロと箱の中を覗き込んでいる。
「ん、どうしたの?」
「ロウソクがない」
「えっ? まあ、別にロウソクなんて無くてもいいじゃない」
里美はサッと振り向いて真剣な顔で見つめた。
「ダメだよ、ロウソクを立てて、歌を歌わないと」
仕方なく棚の引き出しを開けてロウソクを探す。確か、簡易防災グッズを貰ったとき、一本の太いロウソクがあったはず。色気はないけれど、この場合はこれで代用するしかないだろう。引き出しをひっくり返し、ようやくロウソクを見つけて火を着けてロウを垂らし、灰皿の上に立てた。
「あと、電気消してよ」
はいはい、と彼女の言うままに部屋の明かりを消す。
二人の間で燃える炎、じっと見つめていると里美は目を閉じて静かに口を開いた。聴こえてきたのは、誰もが一度ぐらい耳にしたことのある賛美歌だった。曲のタイトルも歌詞もわからなかったが、彼女の高く澄み切った声が四畳半のリビングを聖なる雰囲気に変化させていった。
歌い終わった時点で思わず拍手をしてしまう。
「いいね、すごいよ、何て曲なの?」
「106番だね、『あらののはてに』」
「何だろ、地味なAメロ、Bメロからサビに向かう高揚感がたまらなくいい」
「グロリア、イン、エク、セル、シス、デオ♪」
「そうそう、そこ」
「うちカトリック系の女子高だったからクリスマスになるといつも歌ってたの」
「うん、合唱で聴きたい曲だよ」
クリスマスケーキを食べ終わると、僕たちはすっかりと打ち解けて、ワインから焼酎に切り替えて、ロウソクの火を眺めながらお互いのクリスマスの想い出などを話していた。随分とお酒も回っていて、やたらと大声で陽気にはしゃぐ彼女が心配になる。
トイレから戻ってきた里美は足元がおぼつかなく、
「おいおい、大丈夫?」
と声を掛けると、いきなりソファに倒れ込んできて僕の胸の中に身を寄せた。身体を持ち上げるついでに優しく抱き締めると、里美は嫌がる様子もなく、顔を上げて僕の顔を見つめた。
そのまま顔を近づけてゆっくりと唇を重ねる。
キスをしながら里美の胸にそっと触れる。一度、口を離して彼女の瞳を見つめる。拒否の意志はまったく見られなかった。少し強引にスカートの中に手を伸ばして、太ももの柔らかい内側に触れて、さらにその奥を下着の上からゆっくりとなぞる。
んっ、と息を止めるような里美の声。
ここから先はちゃんとベッドの上でしようと思って、里美の手を掴んで隣の寝室に移動する。軽くついばむようなキスを交わすと、自然に笑みが零れた。
「ちょっと、何で笑うの?」
「いや、何か、信じられなくてさ、今日のこと、まどかに知られたら何て言われるんだろうなって一瞬考えた」
その直後、里美は身を縮ませて僕から顔を背けた。小さく肩が震えている。瞬間的に、僕が何か不味いことを口にしたことがわかった。しかし、何が原因なのかはさっぱりとわからなかった。
「……ねえ、どうしたの?」
無言のままうつむく里美、時間が逆戻りするように、彼女の心は再び固く閉ざされようとしていた。手を伸ばして彼女の肩にそっと触れようとすると、拒絶するように身を引いた。彼女の顔を覗き込むと頬を伝わっていく涙に気付いた。里美はすぐに袖で頬を拭って首を横に振った。
「ごめんね……続きしようよ」
戸惑う僕の前で里美は衣服を脱いでベッドに潜った。
「本当にいいの?」
そう訊いても里美からの返事はなかった。僕はロウソクの火をフッと吹き消して、
「そう、じゃ、遠慮なく」
と裸になってベッドに入った。
右腕を彼女の頭と枕の間に入れて、彼女の背中を後ろから抱き締めるように身体を密着させる。そのままの姿勢で体温を分かち合っていると里美の肩が小さく震え出した。
暗闇と沈黙が溶け合って彼女の泣き声だけが静かに響く。いくつもの涙が頬を伝わって僕の腕に落ちてくる。里美の肩にそっと頬を当てながら、何がこんなにも彼女を悲しませるのだろうかと考えた。
このまま何も訊かず、お互いの身体が求めるまま抱いた方が彼女にとって良いのかも知れなかった。話を聞いたところで、どうしようも出来ないどころか、僕もまた傷付きそうな気もした。しかし、やはり訊かずに済ませるわけにはいかなかった。
僕にとってセックスはお互いの心を通わせるための一つの方法でしかなかった。心が触れ合わないセックスなんてマスターベーションと同じだった。マスターベーションだったら、一人でした方が気持ち良かった。
涙が収まる頃を見計らって、小さく息を吸い込み、
「今日、何があったの、聞かせて」
と耳元で呟いた。里美は返事をしなかった。
「いや、別に話したくないのなら、このまま眠ってしまっても構わないよ。でも、最初にドアをノックしたのは君なら、そのドアを開けてしまったのは僕なんだ。君には言う権利があるし、僕には聞く義務があると思う」
あとは彼女が眠るか口を開くか待つしかなかった。
しばらくすると、里美は小さく咳をして呼吸を整えてから、
「――ここに来る前に、私、人と会う約束をしてたの」
と語り始めた。その声は思っていたよりもしっかりしていた。
「その人がね、私の好きな人。物静かで無口な人なんだけど、すごい優しい目をしてて、自分に嘘をつかない正直な男の人……あとね」
「うん、あと?」
「その人は、私の一番の親友の彼氏なの」
半分閉じかけていた目がパッと見開いて現実を振り返る。里美の一番の親友と言えば、まどかに違いない。その彼氏と言えば自動車メーカーで設計の仕事をする無口な桑島くんになる。
なるほど、そうだったのか、さっきの僕の一言がすべてを思い出させてしまったんだ。
「今日、まどかは仕事で遅くなるのわかってたから、彼と二人で食事しようって約束してたの。でも、夕方、急な仕事が入って行けなくなったって彼からメールが着たの」
「うん」
「何かピンと来て、まどかにメールを送ったら、仕事の予定がキャンセルになって、彼に会えることになったって喜んでた」
「まあ、それは彼の優しい嘘だったんだよ」
「暇だったら、うちに来る? だってさ、笑っちゃうよね、私、本当にまどかの家に行ってやろうかと思っちゃった」
思わず、溜め息が漏れる。友達の彼氏を好きになったんだから、そのぐらい仕方ないだろ、と言いたくなるが押し黙った。そんなこと言わなくたって本人が痛いぐらいにわかっているはずだった。
「いつから、なの?」
「半年ぐらい前に、まどかの家に泊まった時、まどかが酔っ払って先に寝てたら、彼が帰ってきて二人で話し込んでいたら、突然、キスされたの。ずっと気になってたって……」
「ひでえ話だ」
「うん、ひどい人だと思う」
「君もだよ」
「……わかってる」
「まどかは勘づいているの?」
「知ってたら絶交されてるって、でも、昔から勘が鋭い子だし、何かおかしいって思ってるのかも、だから、私に男を紹介してくれるのかもね」
そんなバックグラウンドがあるのにもかかわらず、ノコノコとダブルデートに付いていって振られるなんて、まるですでに競技場でサッカーの試合が始まっているのに、練習場で出番を待ち続けている間抜けな野球選手みたいだった。
「だったら最初から、ダブルデートなんて断れよ」
「ごめんね」
「あっ、そうか――なるほどね、まあ、僕の感情はさておいて君の気持ちはわからないでもないよ。ずばり、彼に嫉妬して欲しかったんでしょう?」
「うん、たぶん」
素直にうなずく里美が恨めしく、思わず、耳たぶを甘く噛む。
「ん、痛いよ」
「ふん、ざまあみろ」
「……でも、ちょっと気持ちいいかも」
「うわっ、ドMの素質があるかもよ」
噴き出すように笑い合う、張り詰めた空気が少しだけ緩やかになる。
「あの日、ダブルデートした後、彼に呼び出されたの。普段、すごく冷静な彼なのに、あの時は少し普通じゃなくて、駐車場に停めた車の中で強引に求められたの」
後部座席の広いRV車だった。その日、里美は赤いミニを履いていて、何度も目が行ったことを思い出していた。僕を振ってから数時間後、あの座席でスカートを着たまま交わる二人の姿を想像してしまう。
「私にもちゃんと嫉妬してくれるんだって、乱暴にされながら少し嬉しいって思っちゃってた」
「はは、完全にMだよ、それ」
「でもね、終わった後、いつも、ごめんって言うの。あの日も『今日の人とは話も合ってたみたいだし、里美が良いと思うなら付き合ってみれば』だって『俺はいつも一緒にいられるわけじゃないからって』……最低だよね」
「ああ、最低だね、でも――」
そいつのことが好きなんだよね、と言い掛けて止める。
「今日も、もうどこにも居場所がなくなっちゃって、で、私も彼と同じことしてやるって思って、ここに来たの」
「ホント、いい迷惑だ」
「うん、だから、好きにしていいよ」
返事をする代わりに彼女の腰に手を回す。滑やかな肌の感触とカーセックスの話が軽い興奮をもたらし下半身に血液が集まってペニスが硬くなる。身体を密着させているため、それはきっと里美にもわかっているはずだった。
もはや理性など川のほとりに流れ着いた笹の小舟のようだった。性欲という濁流がすべてを飲み込んで流れ出していく中で、必死に川縁にしがみついていた。しかし、それも限界に近づいていた。
勃起した男性器のすぐ横に無防備な女性器が晒されているのだ。しかも、本人から好きにして良いと許可も出ている。この状態で何もするな、と言う方が不自然だろう。しかし、腕から先は動かなかった。行動を押し留めているのは、ちっぽけな男のプライド、無理なやせ我慢、振られた人間の意地だった。
「……していいよ」
「ん」
「ねぇ、して」
その瞬間、心がしっかりと固まった。
「もう、してるよ」
「えっ?」
「好きにしていいんでしょ? だから、僕は君を抱いて寝ている」
そして、おやすみ、と呟くように肩にキスをした。里美は何も言わずに僕の腕の中で小さく身体を縮こめた。
目をつぶると、里美の健やかな寝息が聞こえてきた。
朝、起きるとすでに彼女はいなかった。
祭りのあとの静かな朝。里美がいなくて良かったと思った。もし、裸の彼女が隣で寝ていれば、何だか、昨日のやせ我慢を後悔してしまいそうで、わずかな失望感を抱えながらもこれで良かったと、ボサボサの頭を掻きながら台所に向かった。
温かな湿気に鍋に火を掛けたことがわかる。帰る前にポトフを温めて食べたのだろうか。とりあえず、トイレに入り、置いてあった塩野七生の文庫を読みながら用を足し、五ページほど読み進んだところでトイレから出ると、いきなり玄関のドアが開いて、消えたはずの里美が再登場した。
「わっ、何、帰ったんじゃないの?」
「ううん、パン屋さんとコンビニにストッキング買いに行ってた」
「そうなんだ」
「お腹空いちゃった。ね、朝ご飯食べようよ」
席はなぜか昨日とは逆で、里美が台所側に座り、皿にポトフを盛ってテーブルに置いた。僕は彼女が買ってきたクロワッサンをオーブンで焼いていた。
「卵サンド好きなの?」
「えっ?」
「なんか、二つ、オマケしてくれたの」
「え、なんで?」
「なんか、よろしくって言ってたよ」
スプーンで人参を口に運びながら、あのベーカリーの太った奥さんに言われたんだと気付く。いつも閉店直前に現れては半額になった見切り品のパンを買い漁る僕に、ようやく彼女が出来たとでも勘違いしたのだろうか。説明するのも面倒で黙ってオーブンからクロワッサンを取り出した。
「ポトフ、やっぱり美味しいね」
「そう言って貰えると、天国にいるお袋も喜ぶよ」
「えっ、お母さんいないの?」
「ああ、このポトフはお袋が良くイブの夜に作ってくれたんだ……って、ゴメン、大嘘、お袋はまだ生きてるし、しかも、ポトフなんて作ったためしがない、煮物と言えば筑前煮が得意だ」
「あはは、なあんだ、半分信じちゃったよ」
僕はポトフを作り始めた経緯について少しだけ説明した。以前、結婚したばかりの夫婦の家によばれて夕飯に出されたポトフの味が忘れられず、それ以降、料理本やネットで調べて自分なりのポトフを作ろうとして、現在もなお修行中だと話した。里美はそれを楽しそうに聞いていた。
「そんなに美味しかったんだ?」
「どうだろう、大した味じゃなかったけど、とにかく温かったんだよね。あと、これなら自分でも作れると思ったからじゃないかな」
くすくすと笑った後、ふと神妙な目つきで僕の顔を見つめた。
「私、帰ったと思った?」
うん、とうなずいて、
「さっさと帰ってくれて良かったと思った」
と答える。
「その言い方、何か冷たい」
「イヴはもう終わったしね、これ食べたら帰りなよ」
「昨日の夜、何で、しなかったの?」
「さあね。でも、してたら、たぶん、目覚めの悪い朝を迎えていたよ」
「そうかな」
「じゃあ、君はしたかったの、エッチ?」
「うん、すごくしたかったかも」
スープをすくうスプーンの手を止めずに口元を緩ませる。
「今度、彼に会って、たくさんしてもらいなよ」
「……言わないんだ、別れた方がいいとか」
「それよりも彼とのことがまどかにバレて、修羅場を迎えることを秘かに期待してるよ」
「意地悪だね」
「君だってよくわかってるはず、止めても無駄ってこと。ミステリー小説の途中でオチが見えても、やっぱり結末が気になって最後まで読み続けるでしょ、それと同じ」
「あ、うん、そうかも」
「恋愛も、結末を迎えて、本人が納得するまで終わらないんだから、しょうがないよ」
そう言い切ると、あとは黙々とポトフを食べ続けた。食べ終わるとシンクに向かおうとする彼女を呼び止めて、後片付けは僕がするから、君は着替えてメイクをして、さっさと帰ってくれ、と告げ、蛇口を回して冬の冷たい水に手を当てた。
洗い物と終えるのと着替えが終わるのはほぼ同時だった。玄関で彼女を見送る。
「昨日は本当にありがとう」
「うん」
「さっき、メールしたら、今日、彼、会ってくれるって」
「良かったじゃん。あ、でも、ここに来たことも、僕が知ったことも言わないでくれるかな。僕は中立の立場だし、どっちかというとまどかの味方だから」
「わかってる、昨日のことを言うために彼に会うわけじゃないし」
「はい、じゃあね、良いお年を」
「ううん、今日はまだクリスマスなんだよ、だから、メリークリスマスで」
里美は笑顔を見せて小さく手を振ってドアを開けて出ていった。バタンと玄関のドアが閉まる。
なぜか、その場に立ちすくんだまま動けなくなる。シンと静まり返った部屋、満たされた胃袋、彼女が過ぎ去った後の残り香。その瞬間、里美とセックスをしなかった正直な理由がはっきりとわかった。
単純なことだ――抱けば、きっと、たぶん、いや、絶対、好きになってしまうから。一度振られたのに、身体を重ねた為に、また好きになって振られるなんて、学習能力無さ過ぎでみっともないだけだ。
こういう時は身体を動かすのが一番だよな、とシーツを剥ぎ取って洗濯機に洗剤と一緒にぶち込むと、電源のスイッチを入れた。
テーブルの上の携帯が震えたのは――午後九時を回った頃だった。
僕はテレビを点けながらノートパソコンでいくつかの原稿を書いていた。携帯電話を取り出して液晶の表示を見ると、見知らぬ十一桁の番号が表示されていた。通話ボタンを押すと、
「こんばんは、私、わかる、里美」
とくぐもった里美の声が聞こえた。
「って、どうして、この番号を知ってる?」
「まどかに聞いたから」
「……あっそ、で、用件はなに?」
「今日、ストッキング、忘れちゃったから今から取りに行っていい?」
布団を干す時に絡まったストッキングが出て来ていた。だとしても、もう、この部屋には来て欲しくなかった。
ちゃんと聞こえるように大きく溜め息を吐く。
「朝、コンビニで新しいの買ったんでしょ。今日は遅いし、諦めてくれるかな」
「ごめん、他にも忘れ物しちゃったの」
「何を?」
「そっちに行ってから探すから」
里美の声が少し鼻声なのに気付いた、いや、鼻を啜る音、もしかして、泣いている?
「……どうしたの?」
「さっきまで、彼といたの」
「うん」
「結末、ちゃんと最後まで読み終えたよ」
「は?」
「別れようって言ったの、私から。昨日のことは謝るから、このまま続けたいって彼に言われたけど、ちゃんと断ったから、だから、そっちに行ってもいい?」
胸がぐっと熱くなる。しかし、まだ躊躇っている自分がいた。彼がダメだから僕を選ぶなんてあまりにも調子が良すぎる。
「でも、もう、うちは勘弁してくれよ」
「じゃあ、外ならいいの? 迎えに来てくれるの」
「えっ、今どこにいるの?」
「東京駅」
「ぐはっ、遠い、無理」
いきなりプツッと通話が切れた。慌てて着信履歴を見て折り返し電話を掛けるが、電波が繋がっていない場所にいるらしく通じなかった。え、今、何時だよ、と時計を見る。日曜の午後九時ちょっと過ぎ。今から、外に出るのは、しかも東京駅なんて遠すぎる……でも、心臓の鼓動は全身に血と不思議な活力を送り続けていた。
この胸の高鳴りは――いや、もう、否定なんてしてられない。
僕は部屋着のスウェットを脱ぎ捨てて、セーターを着てジーンズを履いてハーフコートを羽織り、財布の中身だけを確認して携帯を引っつかんで玄関のドアを開けた。
「メリークリスマス♪」
玄関を出ると、目の前で僕を待っていたのは東京駅にいるはずの里美だった。
「えっ、なんで」
「まだクリスマスだよね」
「どうしたの、東京駅じゃないの?」
「会いたくて、ワープしてきちゃった」
「嘘つけ」
「もしかして迎えに来てくれるつもりだったの?」
どこか勝ち誇った口調にむかついて、無言で部屋に中に戻ろうとすると里美は後ろから抱きついてきた。両腕から彼女の想いが伝わってくるような気がした。その途端に、ぐうっ、とお腹の鳴る音が背中の方から聞こえた。
「……もう、ポトフはないよ」
「うん、今からケンタッキーにでも行こうよ」
僕も朝食から何も食べていなかった。いいよ、とうなずくと里美は僕の手をきゅっと握って歩き出した。マンションの玄関を出る手前で、ふと気になって訊く。
「あ、そうだ、ストッキングの他の忘れ物って何?」
「クリスマスイヴの靴下って言えばわかるでしょ……プレゼントだよ」
里美は照れくさそうに微笑んで、その場に立ち止まって目をつぶり唇を突き出した。僕は素直にそのプレゼントを受け取ることにした。
(了) |
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