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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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068.『聖なる夜に、あったかポトフ (中編)』
Date: 2006.12.14
 (※『前編』のつづき)

「ちょっと、待てって!」
  五メートルほど前を歩く里美を呼び止める。追いついたのは駅前の商店街の真ん中だった。すでにいくつかの店がシャッターを閉めていて、通りを歩いているのは駅から家路に急ぐ人ばかりだった。
「今から、どこ行くんだよ」
  横に並んで話し掛けるが、里美は無視して歩き続けた。
「待てって言ってるだろ」
  里美は無言のまま足を速めていく。僕は仕方なく、彼女の正面に回り込んで足を止めさせようとした。しかし、里美は、
「もういい……もういいから」
と、僕のすぐ横を通り抜けて駅へ向かおうとした。
「こっちが良くないんだよ」
  とっさに里美の肩に手を伸ばして強引に歩みを止める。
「離してよ」
 彼女の声にすれ違うサラリーマンが何事かと僕たちを見るが、ありがちなカップルの痴話ゲンカだと思ったのか、無表情のまま通り過ぎていった。ようやく里美は足を止め、僕は肩から手を離した。しかし、あとに続く言葉が思い付かなかった。僕の出方を待っているのか、里美も口を閉ざしたまま何も言わなかった。
  その時、ぎゅるるる、とお腹の音が鳴った。音が聞こえたのは里美のお腹からだった。シリアスな表情の中に一瞬、隙が見える。
「……お腹空いてるくせに、まったく」
  とっさに口から出た言葉に、怯む里美。
「ほ、ほっといてよ」
「今夜、どこにも行くところがないんだろ?」
  少しの間の後に、うん、と里美は素直にうなずいた。
「うちに来る?」
  またもや反応が鈍くなる。これで断るのなら、もう無理に引き留めるのは諦めて彼女を駅まで見送ろうと思う。
「そんなにしたいんだ?」
「はぁ?」
「だから、エッチのこと」
  さっきから引っ掛かっていたのはこのことだったのか、と思う、こっちはとっくにそんなことは忘れていた。まさか、セックスしたいためにわざわざ僕が追いかけてきたと考えてるのか、まったく、バカバカしい。
「もう、そんなことはどうでもいいから……じゃあ、代わりに宿泊費出してよ」
「え、いくら?」
「ん、千円ぐらいかな?」と言って視線を商店街で唯一開いている店に向ける。クリスマスイヴのベーカリー。この時間、クリスマスケーキはまだ売れ残っているのだろうか。
「うん、わかった」
と言うと里美はすぐに足を一歩踏み出した。駅とは逆の方向、ベーカリーの明かりに向かって。
 
  駅前の商店街から僕の部屋までクリスマスケーキを提げて歩く。その間、僕と里美は一言の言葉も交わさなかった。冷静になってみると、やっぱり後悔している自分がいた。結局、彼女の狙い通りに家に入れることになったのが、どこか口惜しかった。
  ドアを開けると、里美は初めて明るく声を上げた。
「うわーっ、すごくいい匂い」
「あ、うん、ポトフ作ってたの」
  立ったままブーツを脱ごうとして、途中でバランスを失ってよろける里美。とっさに手を伸ばして彼女の手に触れると、まるで氷水に小一時間浸したような冷たく細い指だった。薄暗い街灯の下ではわからなかったが、彼女の顔も白く凍え、頬の一部と鼻のてっぺんが赤く染まっていた。
「あ、ごめん、ありがとう」
  その言葉に慌てて手を離す。恋人だったらこのまま両手で握り締めて体温を分け与えてあげられるのに。ついさっきまで後悔していたはずが、これで良かったんだと思い始めていた。随分、身勝手ではあるけれど里美も悩んだあげく誰かに頼りたくてここに来たに違いない。彼女を哀しみの淵から救うことは出来ないにしろ、とりあえず、身体だけでも温かくさせることは出来るはずだ。
「コート脱いでイスに座ってて、今から食事を用意するから」
  笑顔で優しく言うと、急に態度が変わって戸惑ったのか、里美は曖昧な顔でうなずいた。
  鍋は余熱で充分に温まっていた。食器棚から深みのあるシチュー皿を取り出し、いっぱいに具を乗せて隙間を埋めるようにたっぷりとスープを注いだ。
「はい、温かいうちにどうぞ」
  具だくさんのポトフ、今日は特別に丸い木のスプーンで召し上がれ。
「最初、ドアを開けてくれた時、温かくていい匂いがして驚いたの」
「そう? 僕は変な女が玄関の前に立っててびっくりしてた」
「もしかして誰か来る予定だった?」
「ううん」
「じゃあ、どうしてこんな料理が?」
「ただのポトフだよ。いいから、冷めないうちに食べてよ。お代わりもたくさんあるから」
  まずはスプーンでスープをすくって飲む。
「うわっ、おいしい」
  それから、煮くずれしたじゃがいもを頬張る。ほふほふ、と頬を膨らませて食べる里美。片手でスプーンを弄びながら彼女の表情を観察する。里美は僕の視線など気にすることもなく夢中でスプーンを口に運んでいた。途中、何度も鼻を啜っているのを見かねてティッシュの箱を差し出す。そのお返しに「お代わり」と皿を出す。
  はいはい、と先ほどと同じぐらいの量を皿に盛る。
  そう言えば、と思い出し、戸棚からワインを出して布巾で軽くほこりを拭き取り、ワインオープナーをコルクに突き刺した。
「わっ、何か高そうなワインだね」
「親父から送ってきた貰い物のワインだよ」
「ちょっと、いいの、そんなの?」
「クリスマスイヴに開けなくて、いつ開けるのさ? それにワインって誰かと一緒に飲んだ方が美味しいでしょ」
  里美は嬉しそうにうなずいてニンジンを口に入れた。
  自分の作った料理を美味しいと食べてくれる幸せ。短い時間でも、この瞬間、彼女は自分の身に起きた不幸な出来事を忘れていることだろう。料理の力は偉大だと思う、と同時に彼女を引き戻した本当の理由がわかったような気がした。
  そっか、きっとこの笑顔を見たかったからに違いない。ポトフを作っていなければ、たぶん、こんな風に部屋には入れてはいないはずだ。
  瞬く間に二杯目のポトフを平らげて、満足そうにワインを傾ける里美を見て僕は微笑み、少しはクリスマスを祝う気持ちになっていた。

 (※『後編』につづく)
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