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author
細川又三良 (ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。
art direction & design
Instant Design Works
photograph
matasaburo EXHIBITION |
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| 067.『聖なる夜に、あったかポトフ (前編)』 |
| Date: 2006.12.09 |
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実際にこの目に映る景色よりも、目をつぶって想像する情景の方が美しく想うことがある。
僕の場合、それはクリスマスイヴだ。
この季節、街を歩けばジングルベルの大安売り。街角のイルミネーションは街の雰囲気や人々の気持ちを華やいだものにするけれど、まともに歩けないほどの人混みの中、予約いっぱいの席に詰め込まれ、いつもよりも割高の料金を請求されて、一体、何が楽しいんだろうと思ってしまう。
いつの頃から、その中にあえて身を置こうとはせず、社会人になってからのクリスマスイヴは誰からの誘いも断って、一人で過ごすようになっていた。
いつもよりも早く仕事を終えて、誰もいないオフィスを後にして一人街を歩く時、賑やかな街を眺めながら都合良く創り上げた想像上の恋人と理想のクリスマスデートをイメージする。それは失った恋を思い出させるような行為に似ていて、ふと、現実に戻ると一層孤独を感じてしまうものだけど、僕はそんな孤独を感じる瞬間が好きなのだ。
クリスマスソングは意外に切ない曲調のものが多いのがよくわかる。眩しければ眩しいだけ伸びる影も長いもの。
センチメンタルな僕にとって、一人きりのクリスマスはそんな身勝手な感傷に浸れる時期なのだ。
いつもよりも早い帰宅、駅前の商店街で買い物を済ませて、家に着いたらすぐに着替えて台所に立つ。この家で一番大きな鍋を取り出して軽く水で洗い、コンロに置いて火を着ける。
テレビの電源を点けてクリスマス特番の賑やかな音声を聞きながら、玉ねぎ、ニンジン、じゃがいも、ウィンナー、しめじ、キャベツと食材をテーブルに並べる。週末の前、何もすることがない時、僕は突発的に料理を作り始める。大抵はカレーかシチューなどで、たくさん作り置きして週末はそれだけ食べて過ごすからだ。
手頃な大きさの玉ねぎを選び、茶色く乾いた外皮を剥いて包丁で切り始める。ざっくりと六等分ぐらいにして切ったら鍋に放り込む。その調子でニンジンとじゃがいもの皮をピーラーで剥いて、後は包丁でざくざくと大きめに切って次々に鍋の中に入れる。ウィンナーは丸ごと一袋、キャベツもざっくりと切って鍋の中に沈める。カレーでもシチューでも美味しいと評判のお店に行っても、不満なのは大きめの具がないことだ。特にじゃがいもなんかは大きく切った方がホクホク感が出てうまいのに、といつも思う。
最後に二百ミリリットルに一個の割合でコンソメの塊を入れる。十分に溶かした後、肝心の味付けは塩と胡椒のみ。片手で塩をまぶした後にガリゴリガリゴリと黒胡椒を削る。ブラックペッパーの香りと舌の先に感じる刺激が好みで、いつも少し入れ過ぎてしまう。
すべての具材を入れて、ふたをしめれば料理はお終い。しばらく煮込めば、美味しいあったかポトフの出来上がり。
その直後、ピンポーンと玄関からドアベルの音。
炊飯器の時計表示を見る。こんな時間に誰だろう。イヴの夜に新聞屋の勧誘かな、と玄関に出てドアスコープを覗くと、曇ったレンズの向こうにうつむく女性の姿があった。
「えっ、誰だろう?」
目を細めてみるものの、女の表情は見えない。
「どちら様ですか?」
イヴの夜に宗教はないだろう、と思いつつ声を掛けてみるものの返事はなかった。返事をしないのに玄関の前で立ち続けている。
得体の知れない恐怖が押し寄せる。ドアを開けたらいきなり刃物を持って刺されたらどうしよう。かといって、このままずっとドアに前に立たれても気味が悪い。ドアを開けて、もし不審な行動を見せたら、傘で突っついてやると片手に傘を持ちながら、チェーンを外してドアノブを回す。
ドアを開けると、女は小さく顔を上げて僕の顔を見た。瞳は力無く口元はしっかりと固く結ばれていたが――その顔には見覚えがあった。
里美との出会いは三ヶ月前に遡る。
前の会社の同僚だった池谷まどかから突然電話が掛かってきて、週末、空いているなら一緒に遊びに行かないと誘われた。まどかには一年前に付き合い始めたラブラブの彼氏がいて、どうして僕を誘うのか不思議に思ったが、まどかはあっけらかんと私の友達を紹介してあげるから、と言った。
週末に予定もなく、彼女もいなかった僕はまどかからの誘いに乗ってダブルデートがてらドライブに行くことにした。相変わらずまどかはおしゃべりでこの場を取り仕切り、まどかの彼氏の桑島くんは車の設計の仕事をしているらしく無口な男だったが良い奴だった。
肝心の里美は予想していたよりも遥かに可愛い女性で、彼氏がいないのが不思議なほどだった。趣味が読書というだけあって、いろんな作家の小説も読んでいて話していて退屈しなかった。
「どう、当たりでしょ?」
里美がトイレに行った隙に、ニヤつきながらまどかが言った。
「うん、普通、紹介って期待するべきものじゃないからね」
皮肉っぽく言うと、まどかは、なによそれ、と頬を膨らませて桑島くんは声に出さずして笑った。
しかし、僕と里美は付き合うことはなかった。
帰り際、車で僕の家まで送ってくれて、ついでに里美をよろしくね、とまどかが気を遣ってくれて二人っきりにしてくれた。初日にいきなり家に招き入れるわけにもいかず、そこのマンションが僕の家だと紹介すると、駅まで送るよ、と歩き始めた。
次の約束を漕ぎ着けようと来週の予定を聞いた時、里美は目を伏せて、改めて確認するように言った。
「これって……付き合おうってことなんだよね」
「うーん、まあ、正式な告白は次に会う時にするつもりだけど」
里美は小さく頭を下げた。
「ごめんなさい、まどかには言ってなかったけど、私好きな人がいるんです」
それで終わりだった――そんな女がクリスマスイヴの夜に、どうして僕の部屋の玄関先で立っているのだろう。
「久しぶり、で、どうしたの? こんな時間に」
んっ、と声を詰まらせる里美。待ってみても言葉が出てこない様子で、僕は参ったなと頭を掻いて、
「財布でも落としたわけ?」
と頭に思い浮かんだことをそのまま声にした。
里美は震えるように小刻みに首を横に振ってそれを否定した。そうだよな、クリスマスイヴに女が泣く理由として「財布を落としたから」なんて適当じゃないよな。
ふうっ、と里美に聞こえるようにため息を吐く。
何があったのかは知らないけれど、泣きたい時は家に帰るまで我慢して、暇な女友達に電話を掛けまくった後に、部屋の片隅で体育座りでもしてシクシクと泣いた方がいいんじゃないの、と思った。少なくてもきっぱりと交際を断った男の部屋に行くよりも、まともな行動だと思われる。
突然吹いた冷たく強い北風に、枯れ葉と細かな砂ぼこりがマンションの通路を舞い、思わずに顔を伏せる。風に煽られて里美のマフラーがスルリと抜けて通路に落ちた。彼女はマフラーを拾おうとしなかった。
仕方なくスリッパを履いて外に出てマフラーを拾う。濃いワインレッドのマフラー、柔らかくて優しいカシミヤの感触。僕は彼女の前に立ち、パンパンとホコリを払って、適当にグルグルと里美の首に巻き付けた。
こういう時、テレビドラマでは「ここじゃ寒いから、部屋の中にでも入って」なんて優しいだけが取り柄の登場人物が言うんだろうけど、現実はそんなに甘くない。このまま彼女を部屋に上げたとして気まずい沈黙が流れて、あとで不愉快な想いをするぐらいなら、ちゃんと断った方がいいだろう。中途半端な優しさなんかよりも毅然とした態度の方が良い場合だってあるはずだ。
里美の首にマフラーを巻き終えると、
「えっと、悪いけど、僕じゃ力になれそうもないから。だから、帰ってくれる?」
と、上空に吹き荒れる風に負けないような声で言った。里美は僕の言葉には反応しなかった。
「あのね、独り暮らしの男の部屋に来るってことは、当然、覚悟もいると思うんだよね……でも、君はやりたくないんでしょ? だったら帰った方が身のためだよ」
下心丸出しのセリフを言えば、大抵の女性が呆れて帰るはずだ。返事を待たずして彼女の肩に触れて、ぐるりと身体を九十度回転させてトンと背中を押した。可哀想だけど、一度決めた以上、毅然とした態度を取らなければ意味はない。
「じゃあね、おやすみ」
肩を落とした背中に向けて声を掛ける。
「では、良いお年を、あと、メリークリスマス!」
台所に戻ると中火にしたままだった鍋が泡を吹かせながら、ふたを浮かせていた。慌ててコンロの前に駆け寄ってレバーを弱火に戻す。ふたを開けて、まんべんなく火が通るようにと玉じゃくしでゆっくりとかき混ぜる。玉じゃくしの先で軽くスープをすくい取って、やけどしないように気をつけて啜ってみる。
あー、うまい。
野菜のエキスとコンソメと胡椒の香り何とも言えない絶妙なバランス。
もう一度、スープをすくって飲む。
うめえなぁ、美味しいし、温まるよなぁ――と、里美に言った最後の一言が余計だったんじゃないかと玉じゃくしを戻す手が止まる。
二十六歳のクリスマスイヴ、確か、里美は実家暮らしだったはず。家に戻らないのは今日、外泊すると言ってきたからなんだろうか、それにしても泊まるとしたら、まどかや女友達のところにするはずなのに、どうして、彼女はここに来たのだろう。
あー、もう。
と、一人叫んでコンロの火を消す。
俺も本当にお人好しだよなぁ、と文句を垂れながらリビングのソファに脱ぎ捨てたコートを引っつかんで袖を通す。炊飯器のデジタル表示を見ると、彼女がチャイムを鳴らしてから八分ほどが経っていた。玄関の立ち話が五分ほどとして、ドアを閉めてから三分弱。駅までは十分以上掛かるから、走れば追いつくことは可能だろう。
もう、ゴチャゴチャ考えるのはやめよう。
僕はドアを開けてしまったのだ。
カギも掛けずに玄関を飛び出し、駅へと続く大通りの道に向かって走り出した。風はさっきよりも強く、そして冷たく吹き荒んでいた。
(※『中編』につづく) |
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