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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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065.『言わば、友情の勝利とも言うべきか』
Date: 2006.12.05
 JR恵比寿駅のホームで山手線外回りの電車を待っていると、
「すみません」
と背中から、僕を呼ぶ声に振り向いた。
  不思議と僕は良く街で人に声を掛けられて道を訊ねられたりする。今回もそれだろうと思っていると、僕を呼び止めたのは紺のスーツを着た小柄の男だった。年齢は僕よりも少し若いぐらいで、持っていたカバンから仕事中のサラリーマンなのがわかった。丸い輪郭の顔から、どことなくお人好しな人に見えた。
「はい、何ですか?」
「えっと、もしかして、又三良さんですよね?」
  見ず知らずの人間からいきなり名前を呼ばれて、思わず身を引いてしまう。以前に仕事が何かで会ったことのある人かもしれない。しかし、その顔はまったく思い出せなかった。
「……ええ、そうですけど、あなたは?」
  適当に話を続けて知り得た情報から相手を割り出すことも考えたが、次の電車は五分後に来る予定で、回りくどく聞き出すのも面倒で単刀直入に訊き返した。
「やっぱり、憶えていませんか?」
「すみません」
「スズキアサミ、って女、知ってますよね」
  スズキアサミ? と口の中で反芻して首を傾げる。誰だっけ、本当に全然思い出せない。首を傾げたのを見て、小柄な男は言葉を重ねた。
「アサミですよ、アサミ。えーっと、あの頃、派遣で渋谷で働いていて……」
「あっー、アサミね、はいはい、思い出した」
  フルネームで言われるよりも下の名前だけの方が印象に残っていた。三、四年前に短い間だったが付き合った女性の名前だった。彼の言うとおり、渋谷のIT企業で派遣社員の仕事をしていたが……って、まさか、彼がアサミであるわけがない。
「思い出しましたか?」
「はい、何となくですが、で、あなたは?」
「前に一度だけお会いしたことあるんですけど」
  だから何? と胸の奥で呟く。ずっと前の元彼女と関係があり、僕と会ったことがある人間、そんな風に言われても誰だかまったくわからない。
「まあ、わからなくても仕方ないですよ。ある時は運転手、ある時は部屋の主、また、ある時は出張ATMですからね」
「……そうなんですか」
  素っ気なく答えてしまう。正直に胸の内を露呈すれば、少し苛ついていた。
  僕はクイズ番組が好きじゃない。特に正解がすぐに発表されずに、いちいちパネリストに聞いて回るタイプの番組はまどろっこしくて不愉快になるほどだ。ヒントを出されてもわからないものはわからない、さっさと答えを教えてくれればいいのに、といつも愚痴ってる。
「オノデラですよ、アサミの大学時代の親友だったと言えばわかりますか?」
  だから、わからねーよ、と即答しそうになったが、ああ、はい、とうなずいて大人の対応をする。このまま無駄に会話を長引かせるよりも適当にあしらって電車が来たらバイバイした方が賢明だろう。大体、アサミの顔すらおぼろげにしか思い出せないのだ。
  しかし、次の瞬間、ポンッと記憶と言うか、いくつかのイメージの断片が頭の中に甦ってきた。
「あっ、白のカローラワゴンの営業車?」
「そうそう、それです」
「部屋って、もしかして祐天寺のマンション?」
「ええ、私の部屋でした」
「出張ATMって、渋谷の円山町?」
「やっと思い出してくれましたか」
  わー、久しぶりですね、お元気でした、なんてとても言えない記憶の欠片だった。
  思い出せば、アサミは世界が自分中心に回っているような超ワガママ女だった。付き合った当初は甘え上手で淋しがり屋なのが可愛かったが、次第に無理を言うようになり関係は重くなっていった。そして、数ヶ月後に耐えきれず僕から別れを切り出したのだった。
「私のことが好きなら、そのぐらいのこと出来るよね」が口癖で、確かに顔は可愛かったし身体もスタイルが良かったが、会っていて疲れるような女と付き合い続けるのは無理な話だった。
 
  そう言えば、困ったことがあると、いつもアサミは友達に電話をしていた。
  終電を逃した時は友達を呼ぶからと言ってカローラワゴンの営業車で僕の家まで回ってくれたり、祐天寺のマンションは友達が出張中だと言って一晩貸してもらったことがあり、挙げ句の果てに渋谷でラブホテルまで行ったのは良いけど二人ともお金を持っていなくて帰宅途中の友達に渋谷まで来て貰ったり……その友達はすべてオノデラ君だったのだ。
  ああ、そう言えば、カローラワゴンで送ってもらった次の日、アサミに聞いたことがあった。
「昨日の友達、本当に良かったの?」
「あ、うん、サトシ、良い奴でしょ」
「わざわざ呼び出して送ってもらうなんて悪いよ」
「いいって、全然。アイツとは親友だから」
「親友ねえ……果たして、男女の間に友情って成立するものかな」
「するよ、するって、だって、学生の頃から何度かアイツの家に泊めてもらったけど、一緒のベッドで寝ても何にも無かったよ」
  あー、うん、とうなずきながら、それは単純に現状の二人の関係が壊れるのが怖くて手が出せなかっただけじゃないのかな、と思った。何よりも、昨日、車に乗ってる時、バックミラーから見える彼の目がやたらと鋭かったことを憶えている。
「僕は無理だな、いくら親しい女友達のためでも彼みたいに出来ないよ」
「ギブ・アンド・テイクだって、私だって、時々、ご飯作ってあげたりプレゼントとか買ってあげるしね」
  いや、そういうのじゃないのにな、と思いつつも上手く言葉に出来ない。
「あー、でも、もし三十を過ぎてアタシが結婚してなくて、俺も結婚してなかったら嫁に貰ってやるよとは言うけどね」
  ドラマなどでも良く聞くこの台詞、意外に僕はオブラートに包んだ男の本音だと思ってる。いくら冗談だと言っても結婚したくない女には百パーセント言わないはずだ。
 
  あの時はお世話になりました、とも言えず、どう返事をしようか頭を働かせていると、どこか誇らしげに胸を張っている彼の態度に気付く。あ、もしかして――。
「彼女、アサミさん元気ですか?」
「ええ、すごく元気ですよ」
「今、何してるんですか?」
「今も派遣で仕事してるんですけどね、もうすぐで辞める予定なんです」
「どうして?」
「……来年の二月に結婚するんですよ、俺たち」
  やっぱり、と声に出さず呟く。彼はこの台詞を言いたいがために、回りくどく僕にヒントを与え続けたのだろう。
  もはや想い出となった古い恋、駅のホームで婚約者の元カレを見掛けたからと言って、わざわざ話し掛けて結婚の報告なんてしなくていいのに、と思うが、彼の気持ちは同じ男として理解できなくもなかった。
  あの夜、バックミラーで見た彼の目は感情をぐっと押し殺すような鈍い光を放っていた。そりゃそうだ。彼にお世話になった三回とも、その前後に僕とアサミは散々セックスをやりまくっていたのだから。好きな女が見ず知らずの男にやられ放題やりまくって、その後で、ラブラブな二人のために運転手になるなんて、そりゃ恨みの一言だって言いたくなるに違いない。
「へえー、そうなんですか、おめでとうございます」
  僕は満面の笑顔を見せつつも、どこか動揺しているように見せた。
  もちろん、演技だ。
  短い期間だったが、愛した元彼女への結婚プレゼントとして僕が出来るのはこのぐらいしかなかった。
  別れ際、先に僕が別れを切り出したものの、プライドの高い彼女のこと、僕を振った形になって終わったと彼に報告したに違いない。
  それゆえに僕がここで悔しがることで、彼は今後さらに彼女を大切にするのではないだろうか。そう、彼にとってアサミはライバルを蹴落として、愛を貫いた結果、ようやく得た人生の伴侶であり、永遠に愛するだけの価値がある女なのだ。
「花嫁衣装、綺麗なのでしょうね」
  ポツリとそんなセリフを呟くと、
「今、ちょうど選んでいますよ」
と勝ち誇ったように彼は言った。
  電光掲示板を見ると、もうすぐ電車がきます、の表示。
「彼女ならスレンダーだし、何でも似合うんじゃないですかね」
「いやいや、式までに三キロもダイエットするって言ってますよ」
  ちょうどその時、外回りの電車がホームに滑り込んでくる。ナイスタイミング、これ以上、話を続けると、二次会に来てくださいよ、みたいな話になるのも困る。サービストークもここまでだ。
「電車が来たので、では、また」
「あっ、はい……」
  何か言い出しそうだったので、慌てて口を開く。
「とにかく、おめでとうございます、お幸せに」
  ドアがピシャリと閉まる。どうもありがとうございます、と小さく頭を下げる彼に手を振って応える。
  車両がホームから離れた後、ふう、と息を吐きながら空いている席に座る。思い出して、一人で笑ってみる。今、この胸に残る気持ちを誰かに伝えたくて、携帯を握ったが、僕にはこういうメールを送るような相手は誰もいないことに気付いた。

 (了)
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