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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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058.『やりまん女の奇跡 episode II』
Date: 2003.04.25
 (※『episode I』のつづき)

「あのさ、ホテル行くぐらいなら、うち来ない?」
  六本木通りに出ると彼女はそう言って髪をかき上げた。
  渡りに舟とはまさしくこのこと、お金が掛かる上に時間に追われるラブホテルよりも、彼女の部屋の方がマシなのは間違いなかった。
「うん、そうしよう」
  彼女の気が変わらないうちにと、さっさとタクシーを拾い、明大前にある彼女のアパートへ向かう。お互いに充分酔っ払っていて、タクシーの後部座席でさっきの続き、ディープでエロなキスを繰り返す。
  バックミラーから感じる視線。でも、運転手がどう思っているのかなんて気にしない。もっともジロジロと見てくれた方がキスのしがいがあるってものだ。タクシーでエッチな行為をするカップルの多くは運転手の目があるからそうするのだろう、と口の端から垂れる唾液を我慢しながら考えていた。
  二十分ほどで彼女の住むアパートに着く。ウンザリしていたであろうタクシーの運ちゃんに、
「あ、お釣りはいいから」
と言って五千円札を手渡す。ちょっとオレってカッコイイ――なんて、メーターは4960円で、お釣りをもらうよりもさっさと彼女の部屋に行きたかったから、そうしたまでのこと。
  木造二階建てのアパート、彼女の部屋は二回の角部屋だった。家賃は共益費込みで六万円弱と言ったところだろうか。いちゃいちゃと抱き合いながら錆びた鉄の階段をカンカンと昇っていく。
「あ、ちょっと、待ってて」
  彼女は手のひらを僕の胸に押し当てて、おあずけを食らわすように玄関先で僕を待たせた。僕はアパートの部屋、三歩手前で興奮する気持ちを落ち着かせるようにタバコを吹かしていた。
  五分ほど待って、ようやく玄関のドアが開いた。
  タバコをポトリと落とし靴の裏で踏みつけて消し、彼女の身体を抱き締めてキスを交わした。そのままもつれるように靴を脱いで部屋を上がると、玄関からキッチンに掛けて二メートル近くの横長の絵に気付いた。
  パネルに入っていたのは、子どもが描いたような落書きだった。
「何これ?」
「私の宝物。東京に来た時にね、このパネルごと原宿で拾ったの」
「この絵って、誰かの作品に似てる……誰だっけ?」
「えっ、もしかして、知ってるの?」
  真っ直ぐに僕の目を見つめる彼女――僕は口元を手で拭って、ポップアートの中でもグラフィティのアーティストの名前を検索する。
「うーん、ええっと……」
「教えて教えて」
  どこかで見たことがあるが、もはやありふれたタッチに見えてオリジナルが誰がわからなくなっていた。その時、パッと名前が思い付く、先日、何かの番組で特集されていた名前をそのまま口にしてみた。
「これってバスキアじゃないかな?」
「えっえっ、誰々?」
「ジャン=ミシェル・バスキア。黒人の画家だよ。グラフィティアートで超有名な人」
「へえええ」
「調べたことないの?」
「色んな人に聞いてみたけど、みんな知らなかった」
「そっか……じゃあ、これはバスキアだよ」
  本気でも嘘でもこうなったらどっちでも良かった。なによりも、僕はこの絵を見るために高いタクシー代を払ったわけじゃない。とにかく、さっさと絵の話題を終わらせたかった。
「何ジン?」
「ん、外人だよ、アメリカ人じゃないのかなぁ」
  そう言って僕は彼女の唇を再び塞ごうとした。クリエイティブは芸術だけじゃない、セックスだって立派な創造さ、なんて早く続きをせがんだが、彼女は唇を突き出す僕を両手で力いっぱい押し退けた。
「なんだよ!」
「ねえ、もっとこの絵を描いた人のこと教えてよ」
「はあ? ええっと、確かスプレーで落書きしてた人だよ、ニューヨークの地下鉄とかストリートでさ、ま、いわゆるポップアートってヤツだね」
  適当に喋りながら片手でブラジャーのホックを外す。プツッと音がして彼女の胸元が緩んだ。しかし、彼女は気にもせず話し続ける。
「へえええ、ポップアートかぁ、詳しいの?」
「うーん、確かアンディ・ウォーホルのお友達になって、彼とアナルでやってエイズになって死んじゃった人だよ。そう言えばリキテンシュタインも残念がってた」
「マジで……かわいそう」
 彼女の返事に少し自信が揺らぐ。あれ、それってキース・へリングだっけ? まあいいや、地下鉄と言ったら落書き、アーティストと言えば若死に、ちんこと言ったらまんこ。あー、もう何でいいから早くやらせてくれ。
「ああ、かわいそうだけど、彼なりに充実した人生を送ったらしいよ。この前、NHK教育でもやってた、我が人生に悔いなしって」
  もちろん大嘘だ。適当に頭に思い浮かんだ言葉を口にしているだけだ。シャツの下に手を伸ばして乳房を揉み続ける。服を着ているよりもずっと大きな揉み応えのあるおっぱいだった。
「もう、バスキアはいいじゃん」
「えー、もっと話してよ、詳しく知りたい。どこの人なの?」
  自分の乳房をもちくちゃに触られているのに、彼女はまったく動じることなく、堂々と受け流していた。
「だから、アメリカだよ。ニューヨークのSOHO地区だね、たぶん」
「いいなぁ、ニューヨークかぁ」
「そう? ニューヨークなんてオレに言わせれば庭みたいなものだけどね」
「へー、すごーいね」
  なんて嬉しそうに声を挙げて、居間で二人ベッドに座りながら会話と続ける。彼女は吸い殻で溢れた灰皿をゴミ箱にザッと捨てて、新しいタバコに火を付けた。エッチモードには中々切り替わらなかった。
「向こうに行ったことあるの?」
「いや、留学してたの、デザインの勉強で一年ぐらい。ニューヨークはトライベッカに住んでたよ。まあ、アパートはスタジオって言うか倉庫みたいなところでね、隣は売れない役者で下はアル中のミュージシャンが住んでたよ」
  彼女の身体に手を回しながら、そんな嘘をつく。
  ニューヨークは一度だけ行ったことがあるけど、住んでいたわけでもなく、全然詳しくはない。小説かガイドに出てきた言葉を繋ぎ合わせたら、そんな妄想が次から次へと口から出ていた。
  しゃべりながら手は太股を撫でつつスカートの中へと侵入する。しかし、再び彼女は僕の手を握り締めて、それよりも先に行かせない。
「うそー、すごいね、マジで」
「マジだって、向こうのクラブでテイ・トーワと会ったことあるよ」
  クラブでテイ・トーワに会ったことは事実だけど、しかし、すれ違ったのは東京のクラブだ。旅行者一人でニューヨークのクラブになんて怖くて行けるわけがない。
「それ誰?」
「えっと、DJだよ。有名人」
「ふーん、で、バスキアのこともっと聞かせてよ」
  一体、何が彼女をここまで執着させるのだろうか。迫力に押されて僕は良く知らないアーティストの話をし続けた。もちろん、ほとんどがねつ造だった。
  そのうちに酔いが睡魔を誘って肝心のセックスをしないままに、いつの間にか意識を失っていた。
  そう、疲れもあって僕はぐっすりと寝てしまった。
 
  パッと目が冷めると、僕と彼女は掛け布団を奪い合うようにベッドの上で寝ていた。夏から秋への季節の変わり目、思わず身体がぶるっと震える。気が付くと、僕だけ下半身を丸出しにしていた。
  そんなにエッチがしたかったか、と言えば、かなりしたかったのは間違いなかった。しかし、カーテンの隙間から漏れる光に照らされる彼女の横顔を見ると、そんな気持ちは一瞬のうちに消え去ってしまった。
  手っ取り早く言えば、ブサイクな女だった。
  しかも、小デブ。
  間接照明のマジックというか酔っ払っていたというか、ただヤラせてくれそうだったから可愛く思えたのか、朝になってすべてが素面に戻ってみると、昨日の出来事がまるで悪夢のようにすべてを否定したくなっていた。
  シンと静まりかえった部屋。
  薄明かりの部屋の中で、姿見で自分の顔を見てみる。
  疲れた肌、むくんだ顔、浮き出る脂――自分の姿を見た瞬間、疲れが倍増してすぐに家に帰りたくなる。彼女の身体を突いてみたが、一向に起きる気配はなかった。
「ま、いっか」
  さっさと帰ろうと思って、ベッドの下で丸まっていたジーンズを履いた。こういう時のジーンズはいつも以上にやたらと冷たく感じる。
  着替え終わると、そそくさと荷物を抱えて玄関を後にする、と靴を履く時、彼女がしつこく知りたがったバスキア(と思われる)絵をもう一度、じっくりと見つめてみる。
  当然、本物ではなく印刷なのだろうけど、それよりも本当にこれはバスキアなのだろうかと疑問が浮かんだ。ま、そんなことは知ったこっちゃないよな、と思い直し、さっさと靴を履いて玄関のドアを開ける。
「んじゃ、お邪魔しました」
  小声で呟くように言って、ドアを閉めて彼女の部屋を後にした。
  後悔したのはそれからすぐのことだった。何も知らない住宅地に一人取り残された僕は、最寄りの駅に出るまでに三十分以上掛かってしまった。
 
  いつもならばここで話が終わるのだけど、この話にはさらに続きがある。
  そう、やりまん女の奇跡までにはまだ書かねばならぬエピソードが残っていた。
 
 (※『episode III』につづく)
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