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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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054.『命を吹き込む仕事』
Date: 2006.10.13
 自分の書いた言葉に命が宿った瞬間を目の当たりにした時、この仕事は病みつきになってしまうな、と思った。
 
  そのプロジェクトは大手のソフト会社から発注されたもので、タクシーに乗り込む乗客を主人公としたいくつかの物語があり、インタラクティブにストーリーが選べるアドベンチャータイプのゲームソフトだった。
  僕は十本あるうちの五本のシナリオを担当して、一緒に仕事をする先輩ディレクターと都内のスタジオでアフレコをすることになった。先輩は自分が担当したシナリオの分を録り終えると、
「自分が書いたシナリオなんだから、自分で演出した方がいいよ」
と言って、僕にディレクター席に座ることを指示した。
  今までアシスタントとしてアフレコに立ち会ったことはあったが、演出をするのは初めてのことだった。常々、自分一人でやってみたいと思っていたが、あまりにも突然のことでチャンスと思うよりも緊張感の方が先に立った。
  先輩はそんな僕の表情を読み取って、
「大丈夫、ちゃんとフォローするから……とにかく、自信持って精一杯やってみろよ」
と言ってポンと僕の肩を叩いて、ディレクター席から立ち上がった。
 
  待ち合わせ室で主人公であるOL役の声優さんと、ストーリーの内容などを丁寧に説明する。強調したのは、とにかく高飛車な女で運転手に向かって早口で捲し立てて困らせるというキャラ設定だった。
  彼女はOL役の勘所をすぐにつかんで、その場でその役になりきってセリフをスラスラと読んでみせた。まさしくイメージぴったりで文句はなく、これはスムーズに録りが進むと思って内心ホッとした。
  彼女はミネラルウォーターとナレーション原稿を持って、レコーディングの狭いブースの中に入った。僕はレコーディング・エンジニアの後ろの席にすわって、トークバックのボタンを押して、
「はい、では、よろしくお願いします」
と言ってレコーディングを開始した。
 
  読み通り、アフレコは特に問題なく順調に進んだ。所々、演出の指示はするものの、彼女はまさしくOL役になりきっていて細かな指示までは必要無かった。
  しかし、肝心のクライマックスのセリフで突っかかって、それから進まなくなってしまった。
  OLがキレて早口で捲し立てる五十秒ぐらいの長いセリフだった。
  シナリオを書いている時点で、僕も何度も読み返していて、かなり難易度の高いセリフなのはわかっていた。だが、それは物語の山場には絶対に欠かせないセリフだった。
  サンプルのテープを何度も聞いて彼女の声量と技術ならば、問題なく言えるはずだと計算していたが、早口でしゃべればNGを連発し、落ち着いて話せばセリフの勢いが無くなってキレたOLらしくなかった。
  スタジオの使用料は時間でチャージされるのだ。収録が伸びればそれだけお金が掛かることになる――どこかで判断を下さなければならない。
  ディレクターの力量が試される場面だった。
  エンジニアはヘッドフォンを外して首に掛けて、
「もう、声、疲れて来ちゃってますね」
と振り向いて僕に言った。続いて、
「どうします?」
と判断を求めてくる。
  先輩ディレクターはフォローをすると言いつつも、一度、社に戻ると言って帰ってこなかった。きっと計算づくの行動なのだろう。そう、ここでは僕が最高意志決定者なのだ。
  責任持って判断を下さなければならない。

  ふと、その時、以前に先輩ディレクターに言われたことを思い出した。 どうしようもなく判断に迷った時は、一度立ち止まってみることが肝心だという助言だった。
  確かに、迫られて焦って下した判断は後々に悔やむことが多かった。今までの仕事で幾度となく身に染みていた。
  僕はトークバックのボタンを押して、
「すみません、ちょっとだけ休憩しましょう」
と収録を一旦休止した。
  その間に台本を見直す。
  書き換えるなら、今しかない。言いにくいセリフを削って、尺に余裕を持たせればいいのだ。OLのキャラは若干変わってしまうかも知れないが、このまま続けるのも時間と金と労力の無駄だった。
  んー、と唸って赤ペンでその文字に修正線を入れようとした瞬間に、やはり手が止まる。
  ここで自信を失ってどうするのだ。
  一晩中考え抜いたセリフのはず。
  このキャラクターは普通の人には言えない尺で圧倒的にしゃべり倒す女なのだ。このセリフはこの物語の生命線なのだ。ユーザーがOLの声を聞いて「すげえな、この女、良くこんなにもしゃべられるよ」と思わせられなければ負けなのだ。
  声優に彼女を選んだ時点で、行ける、と確信したはず。そう決めた自分を信じなくて、どうするのだ。
  すっくと立ち上がって、スタジオの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを一本取り出して、そのままレコーディング・ブースの扉を開いた。
  気丈に微笑むものの、どこか疲れが見えるような笑顔を見せた彼女に、
「セリフの変更を考えたのですが、やはり、このままが良いと思います。このキャラは勢いなので、思いっ切り行っちゃいましょう」
と冷えたペットボトルを手渡した。
  冷たい水が繊細な喉に悪影響を与えるかも知れないと思ったが、空調が回らない暑くて狭いブースの中、僕はとにかく彼女にリフレッシュして欲しかった。
 彼女はペットボトルを受け取ると栓をひねって、ぐいっと豪快に半分ほど飲んだ。
「そっか、足りないのは、吹っ切れた勢いなんだよね」
  そう言って、ふうと大きく息を吐いた。
  もう、大丈夫だ、と確信は無かったが、彼女の顔を見て僕はブースの分厚い扉を静かに閉めて、心配そうに僕を見るエンジニアに、
「変更ナシで、このままでいきます」
と、はっきりとした口調で意志を伝えた。
 
  ガラス越しの彼女を一目見て、トークバックを押す。
「こちらからキューを出しますので、あとはご自分のタイミングでどうぞ」
  エンジニアに「お願いします」と言って、 あとは目をつぶってヤマハのスピーカーに神経を集中させる。
  小さく息を吸う間合いの後に、マシンガンのように流れ出てくるぶち切れた女のセリフ、声質も声量も勢いも乱暴さもすべてパーフェクトだった、脳裏に僕が創造したOLが目の前にリアルに登場した瞬間だった。
  すべてのセリフを言い終わった後、僕に変わってエンジニアが、
「はい、今のいただきました」
と落ち着いた柔らかい声でそう言った。
  すかさず、トークバックを押して、
「お疲れ様です……どうでした?」
と言うと、
「こんな早口でしゃべったのは本当に久しぶりでした。正直、キツイ仕事でしたけど、すっごい勉強になりましたねー、ホントに、時々はハードルを越えなきゃだめですね」
とケラケラと明るく笑って言った。
 
  今ではすっかりと仕事も変わって、スタジオワークをすることも無くなってしまったが、その頃に学んだことは今でも僕の中に教訓として残り、小説でセリフを書く時の参考となっている。
  自分の創造した人物が、声優さんの声を通じて、命が吹き込まれる。きっとそれは実際に体験した者にしかわからない喜び。
  僕は自分自身に約束をした。いつかあの場所に戻ることを。
  自分が創り上げた物語と自分が産みだしたキャラクターたちを、この現実の世界に甦らせるために――。

 (了)
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