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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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※収録された小説作品はすべてオリジナルです。エッセイは一部事実を元に構成されたフィクションです。

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051.『この話はフィクションです。』
Date: 2006.10.06
 時々、こんな素朴な疑問が寄せられる。
「四畳半ダンディズムに書いてあること、全部、ホントのことですか?」
  僕はすぐに返答する。
「さあ、どうなんでしょうね。きっと、あなたが本当だと思ったことが本当で、あなたが嘘と思ったことは嘘だと思いますよ」
  読者は、はあ、とキツネに包まれたような顔をして納得する、いや、納得せざるを得ない。
「じゃあ、全部、真っ赤なウソなんですね……理由は私が決めたから」
と強引に言ってくる人もいる。そう言われたら、
「そうですね、あなたの言うとおり、ここに書いてあることはすべて真っ赤なウソなのです」
と返すことしか出来ない。
  そう、この話はフィクションです。
  実在の人物・団体・事件等には一切関係ありません。
 
  どうしても読者の関心が集まるのは理解している。
  虚構と現実。
  どちらが良いとは言えないが、素敵な話ならば実話だと信じたいし、嫌な話だと作り話と思いたいに違いない。
  正直に言えば、又三良が書くエッセイは、虚構と現実の隙間にある。
  そう、虚構と現実の狭い隙間を狙って、僕はペンを走らせている。
 
  ホントかウソの話の中で、又三良の女性の経験人数を問う人がいる。
  エッセイに登場する女性を数えてみたら、とんでもない数になったと、そんなにいっぱいの女性と交わっているのですか? と。
  何度も言うが、僕は女の子が一目惚れするようなルックスでもないし、女の子の心を買えるようなお金持ちでもないし、抱いた女の数で男の価値を誇るような退屈な人間ではない。
  だから、そんなわけがない。
  それは単純なカラクリなのだ。
  僕がエッセイである人物を書くとすると、例えば、一頭の牛や一本のマグロから、カルビやロースやタン、トロや赤身やほほ肉と取れるように、一人の女性からいくつかの部分を切り取って、別々の名前を付けて描くことが多いからだ。
  逆に、豚骨スープを作るように、数人の女性から共通する何かをつかみ取って、一人の女性像を創り上げることもある。
  このことから、エッセイに登場する女性の数は延べ人数であり、それがすべて又三良の経験人数で無いことはわかってもらえたと思う。
 
  さらに、僕はあえてフィクションを交えて書いている。
  以前に、ある男性について書いたことがあった。彼は僕の以前に勤めていた会社の元同僚だった。辞めてから何にも連絡を取っていなかったのに、突然、メールが届いたのだ、それも又三良宛てに。
「久しぶりだね。ここに出てくる人物は、僕のことだよね。他の誰もわからないと思うけど、すぐにわかったよ」と――。
  彼と一緒に働いている時はまだこのサイトは存在していなかった。彼はグーグルである専門用語を検索していて、偶然、ismを見つけてエッセイを読んだらしい。そこで名前や場所などは一切違うけれど、読んでいくうちに、ひょっとしてこれは自分のことなのか、と思って驚いたという。
  つまり、実在の人間をモデルにして書いた場合、文章が的確であればあるほど、本人、及び、周りの人間に特定される可能性があると言うことだ。本人だけならいいが、周りの人間がわかってしまうのは避けたい。そのために僕は実名や実在の会社や団体、地名など、すべて改変するようになった。
  例えば、僕は男子高の出身だが、あるエッセイだけ、なぜか共学の高校に通っていたりする。それは僕とその人物の関わりを、第三者に悟られないためのウソなのだ。
  ある人物をモデルにして書く場合、本人を明らかにしたい場合を除いて、許可を取ることはない。それゆえに虚構を交えて本人を特定されにくくすることは、迷惑を掛けないための最低限の配慮であると考えている。
 
  最後に、僕は小説家である。
  小説家は事実を書き連ねるルポライターではなく、虚構を創り上げる職業である。
  真っ赤なウソをそしらぬ顔して、さも自分が目の当たりにした出来事のように語ることが出来なければならないのだ。
  このエッセイもその延長上にあり、僕は意図的に架空の人物を創り出し、架空の場所を設定し、架空の物語を演出することがある。
  それは実に巧妙で、八十五パーセントの虚構であっても十五パーセントの現実が混ざっていたり、九十九パーセントの本当の中でも一パーセントの嘘があったりする。
  時々、読者からのメールで、
「あの話はすごく泣けました、私の気持ちそのものです」
と言われた話の大半が虚構であったり、逆に、
「あの話は大嘘ですよね、読者をバカにしないで下さい」
と言われた話のほとんどが現実にあったことだったりする。
  僕はそれらの意見を目の当たりにする度に、世の中の広さと人間の奥深さを知ることになる。
 
  ここまで読んで「なあんだ、全部どこかにウソが混じってるんだ」とがっかりとした人は、今後、もう読んでくれなくてもいい。どうぞ、お気に入りからこのサイトを外してやってください。
  ホントのことだけを書いてますなんて、とても言えないから。
  現実を鋭く描いたドキュメンタリーと言って、独りよがりの思想、視点、思惑を押しつける奴らよりも、僕は自分に正直で生きていたい。
 
  たった一つ、唯一の本当を教えよう。
  それは又三良という人間は現実に存在し、小説もエッセイもすべて一人の男が書いていることを。
  それは紛れもない事実なのだ。
 
  人物も場所もすべて百パーセントの虚構の物語を書いたとする。
  しかし、それを書いたのは又三良なのだ。その文書に込められた想いや気持ちは、百パーセント純粋な又三良の心だ。
 
  それは揺るぎのない真実。
 
  僕は自分に約束している――又三良として文章を書くのならば、自分自身には嘘をつかないこと。思ってもいないようなことは死んでも書かないこと。違和感が残ったら、それが無くなるまで何度も諦めずに書き直すこと。

  そんな覚悟で僕は文章を綴っている。
 
  あと、信じるか信じないのは、あなた次第。

 (了)
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