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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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048.『醜い男を見た』
Date: 2003.01.19
  新宿に向かう電車の中で醜い男を見た。
  カッコ悪いとかブサイクと言うようなレベルではない。
  不気味な顔なのだ。
  一目見ただけで、思わず顔を背けたくなるほどの顔をしていた。
  見てはいけないものを見てしまった感覚――目はロンパリ、つまりは黒目の焦点が左右別々の方向を向いていて、口は紫色で下唇がめくれ、右の頬が不器用なほど隆起して、その肌はカサカサに乾いているように見えた。
  肩を揺すって眠っている彼女を起こす。
  身を起こして、僕の顔を見つめる彼女。
  ぱっちりと大きく開いた瞳はいつも潤んでいるように見え、ふっくらとした頬の輪郭はまだ少女の面影をたっぷりと残していた。こんな真剣な眼差しで見つめられたら、落ちない男なんていないんじゃないかなと思ってしまう。
  彼女の耳元でそっと囁く。
「ほら、そこの人、ドアの前に立ってる人、すごい顔してるよね」
  こっそりと視線を移して、彼女もその男を見る。
「……」
「でしょ、まるでフリークスみたいだ」
「……」
「たぶん、小学校からのあだ名はバケモノだよ」
  彼女は黙ったまま慌てて顔を伏せた。きっと、僕がその男のことを小バカにして見下しているように思えたのだろう。僕の顔も見ることはなかった。
  その時、僕たちの前に立っていた二人連れの女子高生の声を潜めた会話が聞こえてくる。
(ちょっと見た……あれ!)
(超怖いよ、グロすぎ)
(だよねー)
(きもいー)
  醜い男はその会話には気付いていない――振りをしているんだろう。自分に向けられた視線を感じないわけがない、嘲笑う声が聞こえていないはずはない。
  しかし、男は慣れた様子で気にも留めてない様子だった。
  そりゃそうだろう。
  そんな陰口、いちいち気にしたら、毎日、自分の顔をナイフで切り刻んでしまうことになる。
 
  再び、彼女の耳元で囁く。
「君だって思うでしょ、アイツのこと気持ち悪いって」
  うつむいたまま、ううん、と首を振る彼女。お気に入りだと言っていたリボンが左右に揺れる。
「……正直に言いなよ、キモイよね」
  僕の問いに彼女はうつむいたまま何も返さなかった。可愛く結ばれたリボンを見て、思わず手に取って乱暴に引っ張りたくなる衝動に駆られる。
「ねえ……もし、僕が彼のような顔だったら、僕とつき合ってた?」
  彼女はとっさに視線を上げて、すぐに、うんとうなずいた。
「ホントに?」
  僕の目を見て一生懸命に何度もうなずく。そりゃまあ、そうだろう。目の前で聞かれて、まさか、首を横に振ることはできないよなと思って笑う。
 
  ずっと前にネット恋愛で結ばれたカップルのインタビュー記事を思い出す。
「外見とか関係なく、中身から知り合えたのは大きいですね」
「素直に何でも話すうちに彼女のことを知って、徐々に好きになっていったんですよ」
  こざっぱりとした髪の男性とOLファッションが似合いそうなセミロングの女性が仲睦まじく写真に収まっている。
  確かに、彼らが言うことは紛れもない真実に違いない。 しかし、そうであっても一定の条件は必要だろう――送った写真にバケモンが写っていたら、きっと“外見よりも中身が大切”なんて言葉は、簡単に吹っ飛んでしまうはずだ。
 
  終着駅の一つ手前で醜い男は電車を降りた。彼がホームの彼方に消えていくまで、僕は目を逸らさずにずっと醜い男の背中を目で追った。
 
  西武新宿駅に着き、電車を降りて改札口に向かう。
  僕はキップの所在を確認するような気分で、
「もし、僕がさっきの彼のような顔だっても、君は付き合ってくれるって言ったよね?」
と彼女に訊いた。
  当然、無言で彼女はうなずいた。僕はすかさず言葉を返した。
「でも、僕が彼だったら、たぶん、誰とも付き合おうとは思わないだろうね――もちろん、君とも」
  その場で立ち止まって動けなくなった彼女を置いて、僕は一人で改札を抜けた。そして、後ろを振り向くことなく歌舞伎町の方面に向かって歩き出した。
 
  明日は彼女の誕生日だった。

 (了)
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