「ねえねえ、私、あなたのことがわかるの」
突然、メッセでこんなことを言ってきた女の子がいた。
「はあ? 一体、何がわかるっていうのさ?」
「いろいろとわかっちゃったの」
「だから、何がよ」
何だコイツと思ってそう返事を書くと、彼女はすぐに答えを書いてきた。それは僕の出身地と母校である中学校の名前だった。
ピタリ大正解。
この時ばかりは得体の知れないネットの恐怖を感じられずにはいられなかった。
「ど、どうして分かったの?」
あ然としつつ訊くと、
「だっ〜て、私、又さんと同じ出身地なんだもん」
と彼女は言った。
なんだもん、の語尾がどことなく悪気はなく、してやったりとモニターの向こうで微笑んでいるような気がして、思わず、僕も笑ってしまう。
そんな衝撃的な会話が、僕とキコが出会ったキッカケだった。
そして、実際にキコと会った時のことは今でも忘れない。
少しばかりドラマティックでドキドキするような展開だった。
終電を逃した金曜の夜、僕は会社で残業をしていた。仕事の大半をやっつけて、煮詰まってどす黒く苦いコーヒーを飲んでいると、ふと、携帯電話が目に付いた。
すでにメールやメッセなどでの文字のやり取りも面倒になっていて、僕はキコに携帯の番号を教えていた。
キコキコっと……そんな風に呟きながら、キコを呼び出す。通話はすぐに繋がった。
キコの声は特徴があって、女の子らしくないハスキーで乾いた声だったが、しゃべり方も内容も、いかにも彼女らしくて僕はキコと話をするのが大好きだった。
「もしもしー、あ、キコ?」
「こんばんわ、又さん。何してんの?」
「仕事だよ、今、会社にいる」
「うそー、こんな時間に? お疲れー」
「ホント、疲れた、もう死にたい」
「あはっ、キコの電話で癒してあげる」
「サンキュ、キコの声で癒されて、その後、机の下で段ボールを敷いて寝るんだ」
「わっ、カワイソー、帰れればいいのに」
「経費節減でタクシー代は出ないもん」
「大変だねー」
「あ、そうだ」
「ん?」
「……突然、思い付いたんだけどさ、今から、キコんち行ってもいい?」
「え? え? 本気?」
「キコんち、どこだっけ? 都内だよね?」
「うんそう、戸越。又さんの会社はどこにあるの?」
「恵比寿」
「うわ、恵比寿かぁ、微妙に近いかも……」
「うし、わかった、今から行くよ、タクシーに乗る!」
「えっ、又さん本気? うちに来て何するの?」
「えっとね、エッチして、お酒飲んで、おしゃべりしながら寝る」
「うはっ」
「大丈夫だって、それ以外、下心とか無いし」
「えええ!」
「だって下心って、心の底でひそかに考えていることでしょ? 口に出したら、もう下心じゃないし、上心だよ」
「エッチかぁ、私ね、半年以上してないの」
「へえ、半年以上していなかったら、きっとすっごく気持ちいいよ」
「そうだね……じゃなくてさ、あの、私、すぐに誘ってオッケーしちゃう女じゃないんで」
「わかってるよ、僕もホイホイと誰にでも寝るような女は好きじゃないんで」
「なによそれ!?」
「だって、キコはそういう軽い女じゃないんでしょ」
「……ホントに来るつもり? どうしよ、何かドキドキしてきた」
「あはは、それは恋のトキメキだね、たぶん」
「うそ、恋じゃないよ」
「本人が気付かないのが本当の恋でしょ……で、どうする、行って良いの?」
「う……(どうしよ)」
「イヤなら断って良いよ、別に無理することじゃないから、断られても気にしないし、まあ、一人淋しく段ボールの上で寝るだけだから、うん」
「そういう言い方、ずるいよ」
「はは、そうだね、うーん、素直にキコに会いたいんだよ」
「最初にそうやって言えばいいのに」
「やー、何か、面と向かってそう言うの恥ずかしいじゃん」
「又さんヘンだって、普通、エッチするとか平気で言う方が恥ずかしいよ」
「そお? ま、いいや、今から行くね」
「……わかった、じゃ、待ってるね」
電話を切った後、キコの気持ちが変わらないうちに、とパソコンの電源を切り、給湯器も切って、戸締まりをしてセコムの警備をオンにする一連の作業を、いつもより五倍速ぐらい早く終わらせて会社を出た。
休日前の止まらないタクシーを車道に飛び出るぐらいの勢いで止めて、タクシーに乗り込んで、運転手に行き先を告げようとすると――頭の中は真っ白だった。キコから行き先を聞いてないことに気付く。
又さんって賢いようでアホだよね、と笑うキコの声がどこからか聞こえる。
しかたなく、キコに電話をして、タクシーの運転手にそのまま携帯を手渡した。キコが分かりやすく道順を説明してくれて、運転手は迷うことなく僕をキコの元に連れて行ってくれた。
「まったく……信じられない。行き先もわかんないのにタクシー乗るなんて」
そう言ってキコは僕の顔を見て、目が会うとどこか恥ずかしげに視線を外した。
「ホント、タクシーに乗るまで全然気付かなかったよ」
僕の言葉にキコは即座に「バカじゃん」と初めての笑顔を見せた。
その笑顔は僕が予想していたとおりに人懐っこく、決して美人とは言えない顔だったが、笑う目の形が親しみやすく思えて、僕は素直に可愛いと思えた。
わかりやすい道を案内するためにキコは大通りまで迎えに来てくれていた。
二人並んで夜の道を歩く、二人の肩の距離は約三十センチほど、キコは緊張気味で、沈黙を嫌うように次々に言葉を発していた。
そんなに絶え間なくしゃべり続けなくてもいいのに、とアパートの階段を上がっている途中、
「えいっ」
と僕はキコのお尻をムニュと触った。びっくりして、僕の手を払いのけるキコ。
「もー、信じられない」
声を荒げて玄関のドアを開ける。古いアパートの一室だったけれど、そこは紛れもなく個性的なキコのスペースが広がっていた。
(※『後編』につづく)
|