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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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040.『さくらモーメント(後編)』
Date: 2006.09.15

(※『前編』のつづき)

  当時、確か十七歳の女子高生だったエリカ。はじめましての会話の印象はあまり良くなかったことを憶えている。
  インターネットの回線を通じた文字だけの会話、僕と彼女を繋ぐ回線の途中に、ウィルス防御のためのファイヤーウォールではない、目の前を立ち塞がる強固なものを感じた。
  それは、きっと、心の壁といわれるもの、誰でも持つ自意識の重厚な扉。
  少女――という生き物は苦手だ。
  身も心も限りなく大人に近いのに、いつでも不安定な危うさを胸に抱えていて、世の中の誰もが知っているようなことを知らなかったり、時に、それを逆手に取ってわかってるくせにわからない振りをしたりする。そして、自分の気持ちすらちゃんと伝えることが出来ないくせに、私の気持ちを察してくださいと来る。
  何よりも困るのが、放っておきたいのに、ついつい気に掛けてしまうところだ。
「本当に私のこと、嫌っていないんですか?」
「さあね」
  一度や二度、冷たく突き放しても懲りずに話し掛けてくると、僕の心も春先の氷のように緩やかに融解してしまう。心の隅っこに彼女の存在がいつの間にか居座ってしまうのだ。
「でも、許していないってことは、今でも怒ってるってことなんですよね」
「んー、でも、人間は――いや、他人がどうのじゃなくて、僕はきっと、人をずっと憎み続けることが出来ないタイプなんだろうね。永遠に人を恨み続けることが存在意義の人たちは確かにいるけど、僕は人を許し愛さなければ生きていけない種類の人間なんだと思うよ」
「何か、意外ですね……又さんって別れた彼女が連絡してきたりすると、すっごく冷たくするイメージがあったから」
「別れ際は冷たく突き放したことを言うだろうね。でも、それは彼女への憎しみではなくて、きっと自分の気持ちを殺すための儀式なんだよ」
「実際に、電話とかメールが来たら、どうします?」
「電話も取るし、ちゃんと返事も返すよ」
「そうなんだ……良かった。ずっと、嫌われてるかと思ってたから」
「でも、嫌ってないだけで、好きでもないんだけど」
「わかってます、それでもすごく嬉しいんです」
  ふむ、とモニターの前で呟く、三年という時間の流れは確実に何かに変化をもたらしている。
「はは、何か、その言い方……大人になったねえ」
「へ、そうですか、特に何も変わってないですけど……」
「その言い方の方が君らしいよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして……って、別に褒めたわけじゃないのに」
  一瞬、モニターの向こうで彼女がクスッと笑う情景が頭に浮かんだ。
「もう、緊張してないでしょ」
「はい。でも、メッセ自体、すごく久しぶりで、又さんがオンラインになった時、ドキッとして、話し掛ける時、手が震えました」
「初めての時もそんなことを言ってたね」
「そうでしたっけ?」
「憶えてないんだ。あの時の会話は本当にむかついたな」
「えっ、何話したんだろ!?」
「僕もすっかりと忘れてるよ。ただ、怒ったという感情だけ記憶に残ってる」
「やだなぁ、嫌な感情だけ残っちゃうなんて」
「でも、そのお陰で、僕と君は電話で話すようになったんだから」
「そうなんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「正直、あの時はいっぱいいっぱいで何にも憶えていないんです」
  頭の片隅にエリカの声がうっすらと甦ってくる。想像していたよりも幼い声で、文字の印象とは違って聞こえた。
  携帯電話を手にしながら部屋を出て、近所を散歩しながら小一時間ほどエリカと話した。話題はismのことから彼女の高校生活のこと、昨日食べた食事までお互い思い付くまま話していた。当然、年齢差によるジェネレーション・ギャップもあったが、僕たちにとってそれも一つの話題のネタだった。
  そして、気持ちがぴったりと寄り添えば、実際に会って話したくなる。
  大学受験を控えているエリカは当然、時間は限られていたが、予備校に通う際に何とか時間を作れるとのことだった。
  一週間後、僕とエリカは予備校がある街で会う約束をした。
  しかし、その約束は果たされることは無かった。
  僕は二時間、駅前で待ったが彼女は現れることがなかった。メールを書いても返事はなく、その日以降、メッセも上がらなくなった。思えば、前日から連絡が取れなくなっていて、その時に何かが変だと気付くべきだったのだ。
「どうして、あの時、来てくれなかったの」
「ごめんなさい、どうしても行けなくなってしまったんです」
「理由は?」
「……言いたくありません」
「言いたくないって……その時、携帯で伝えてくれれば良かったのに」
「その時、携帯は使えなかったんです」
  取って作られたような言い訳に、ムッとする。
「今でも許したくない気持ち、わかるよね」
「はい、すみません」
「約束を破るのって、信頼を裏切ることなんだからね。この世で一番許されないことだと思うよ、僕は」
「はい、だから、今日は謝るために話し掛けたんです」
  平謝りの女の子を相手に、このまま叱り続けるのも不毛なことだった。もう、すでに終わったこと三年前の出来事なのだ。彼女も反省していることだし、くどくどと説教するのは止めようとキーボードを打つ手を止めた。
「まあ、いいや。終わったことだし」
「すみません」
「いいよ、許すよ。でも、これからは繰り返さないでね。誰に対しても」
「はい」
  話は一件落着し、ここで会話も終わるものだと思っていた。適当に会話をまとめて「じゃあね、おやすみ」を言おうとタイミングを狙っていると、いきなり、
「……あの、私、明日だったら、逢えるんです」
と突然にメッセージが入った。
「え、明日? 随分と急だね」
「はい、明日の午後一時に、三年前に約束の場所で待っています」
「ちょっ、ちょっと待った、誰も約束してないよ」
「又さんは別に来なくてもいいんです、私が待っていたいんです」
「そんなこと言っても本当に行かないよ」
「わかってます、でも、待っています」
  自分も同じ目にあって反省を態度で示そうとしているのか、その気持ちは理解できなくはないが、果たされない約束など無意味であって、来ない人を待たせるのは僕自身、とても嫌だった。そんなことを彼女にさせたくはなかった。
「ダメだよ、絶対に行かないから、待たないで」
「いえ――」
「いえ、じゃなくて、止めろって言ってるの」
「わかりました」
「本当にわかってるの、止めるんだよね?」
「いえ、ずっと待っています」
  はぁ、とため息を吐く。机の上にあるスケジュール帳を見る。午後の予定は調整できなくもない。
「私のことは気にしないで下さい。待ちたくて待っているんで、又さんは来なくても良いんです」
  そんな強い言葉に心が揺れる。心のどこかで、どうせ一年前にも騙されているんだから、もう一度騙されても同じ、と言い訳が浮かんだ。
  んー、と声に出して唸る。諦めて、ため息を吐く。
「……わかったよ。行けたら行く、行けなかったら、ごめんな」
「はい」
  その日の会話はそこで終わった。
 
――しかし、約束は再び破られることになる。
  三年前の待ち合わせ場所に待っていたが、彼女は現れなかった。
  心のどこかで言い訳を準備していたため、あの時のように一人で怒り狂うことはなかった。冷静に、一時間待って来なかったら、この街を歩いて、写真でも撮って、ご飯を食べて帰ろうと決める。
  待ち合わせの間はさっきから僕と同じように誰かを待っている一人、ちょうど高校生ぐらいの少女を眺めて、その少女を主人公に『来ない彼氏を待ちわびて』という題名を付けて、短編のストーリーを思い描いた。
  少女の待ち合わせの相手は、なかなか現れず、もし、一時間経って現れなかったら、声でも掛けようかな、なんて柄にもないことを考えていると、少女の前に小走りにやって来る人影があった。やって来たのは彼氏ではなく、なぜか両手に傘を持った小学生ぐらいの子どもだった。きっと少女の弟なのだろう。
  携帯を取り出して時間を見る。
  タイムオーバーはすなわちゲームオーバー。
  まったく、お人好しにもほどがある、と自分で自分を笑ってみる。
 
  駅を離れ、予備校の帰りに良く彼女が散歩していたという公園を一人歩く。
  桜の名所らしく、春になる池の周りに植えられた桜が一斉に咲き誇り、それはすごい景観だと聞いていたが、今の時期は特に何の特長もない公園だった。
  ほっほっと息を吐きながら後ろから通り過ぎるジョギングの人や、ベンチに座り池を眺めてるサラリーマン風の男、しゃかりきになって自転車を漕いでいる子どもたち――そんな公園の景色の中で、ふと、ある女性の姿が目が止まった。
  年格好から中年の女性に見える、公衆トイレの前にある木の根本でうずくまっている。何をしているのだろう、と好奇心に駆られて覗き込むと、中年女性は木の根本にあるビンに花を添えていた。
  急に後ろに立ってしまったために、ハッと驚いて女性が振り返った。
「あ、すみません」
  驚かせてしまったと思い、すぐに謝る。女性は何も言わずに立ち上がった。声を掛けたついでに、これは何ですか? と聞いてみた。
  女性は僕の顔を見ないまま、愛想のない声で答えた。
「三年ぐらい前に、この場所で予備校帰りの女子高生が何者かに襲われた事件があったんです。偶然、私がこの前を通りかかって、女の子が倒れてるのを見て警察に連絡したんです」
  へー、そうなんだ、と声に出さず納得した瞬間に、背中がビクンと激しく震え、じわりと全身に広がった。
  いや違うだろ、これは――。
「そ、その女子高生はどうしたんです?」
「すぐに病院に運ばれて……私は警察で事情聴取を受けた後は詳しく聞くことは無かったんだけど、数日後、ここに花が添えられていたんです、だから、たぶん……」
  三年前、そんな事件があったような気がしたが、記憶は曖昧なものだった。普段、テレビも新聞もあまり見ていないことを後悔する。家に帰ったらさっそくネットで調べてみようと思った。
  黙って考えを巡らせていると、中年の女性は小さく頭を下げて、僕の前から立ち去っていった。
 
  僕はしばらくその場で立ちすくみ、花やジュースが添えられてる根本見ながら、まさか、まさかだよな、と繰り返した。
  帰宅後、ネットで三年前の事件を調べた。確かに事件は事実だったが、女子高生の実名は公表しておらず、わかったのは被害者の年齢だけだった。女子高生の生死も真犯人が捕まったのかも不明で――わざわざ調べるほど、関心も時間もなかった。
  何よりも、死んでたら、このサイトも見られないわけだし、メッセも出来ないわけで、エリカがその女子高生なはずはなかった。しかし、不思議なことにどれだけ探してもエリカとの会話のログは残っていなかった。
 
  毎回、パソコンを立ち上げて、メッセンジャーを立ち上げると、ふと、彼女のことを思い出す。今度話し掛けたら、この話をしようと思って、僕は今でも彼女を待ち続けている。

  (了)

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