| ――どうして、キスをする時に、目をつぶるのか。
そんな疑問を考えたことはないだろうか。
もっともらしい説明として、五感の一つである視覚を遮断することで、触覚――唇に神経を集中するために、という説がある。
なるほどね、と呟く。
僕の場合も基本的に目をつぶって、ひたすら彼女とのキスに集中してる。
僕は本当に女の子の柔らかくて濡れた唇が大好きで、ただ、唇と唇を重ね合わせるだけではなく、舌の先で唇を丁寧に舐めたり、小鳥のように唇でついばんだり、口の中の色んなところを舌で触れ回ったりする。
変な話かも知れないけれど、それはクンニリングスをする時と同じ感覚だったりする。
両脚をいっぱいに広げさせて、彼女の股間に顔を埋めて、大事なところを舐める時――僕はキスと同じように目をつぶっている。
頭の中ではひたすら彼女の小さな突起を思い浮かべて、舌先で転がそうか、突こうか、上下に激しく揺さぶろうか、と彼女の吐息と身体の動きを気にしながら必死に舌を動かしている。
時々、こっそりと目を開いて、彼女の様子を窺う。
キスの時はうっとりと口づけに酔っている表情を、クンニをしてる時は眉間に皺を寄せて苦悶の表情を見るのが好き。
さらに、気持ち良くさせてやるからな、なんて思ってしまう。
――もっともっと、いっぱいのキスを。
たっぷりと愛し合った後、ベッドの上での語り合い、彼女が真剣に語っている途中で、ふいに僕は邪魔をしてしまう。
寝そべって話をしている彼女の腰にキスをしてしまうのだ。
「もう、ちょっと、ちゃんと話聞いてる?」
当然、くすぐったがって彼女は怒る。キスは嬉しいけど、タイミングが悪いと、うっとうしく思えるもの。
大丈夫、ちゃんと話は聞いてるから。
別に話を邪魔したかったわけじゃない。
確かに君の会社の人間関係の愚痴は退屈だけど、僕は真剣に話を聞いている。きっと僕が思うアドバイスは、的外れなことが多いから、助言なんてしないけど、ちゃんと関心を持って聞いてるよ。何を質問されても、スラスラと答えられるぐらいにね。
ただ、一生懸命話している君の横顔がたまらなく愛おしく思えて、キスがしたくなっただけ。
一緒にいると、キスしたくなるんだ。
別に唇じゃなくてもいい、膝小僧に、二の腕に、お尻に、太ももに、足の親指でもどこでもいいから――今、この瞬間に二人一緒にいられることを感謝するかのように、僕はいっぱいキスしてしまう。
――それなのに、僕なんて、キスの味さえ忘れてしまう。
ハリウッド女優のグラビアが売り物の雑誌で、ある年配の女優がインタビューに答えていた。
目に止まったのは、こんな質問だ。
「今までに、どの男優とのキスが一番良かったですか?」
下世話な質問だな、と思いつつも、女性の答えを読んでみると、
「どなたも素敵だったわ、でもね、一番良かったのは、ロバート・レッドフォードだわ。彼はね、とってもキスが上手なの」
と書かれていた。
おお、ロバート・レッドフォード。
一昔前のハリウッド的、正統派色男と言えば、明日に向かって撃ったサンダンス・キッド、さすがは、華麗なるギャツビー。
そして、雑誌を閉じた瞬間、ふと、その質問が僕に向けられた。
「今までにどのキスが一番良かったのだろう?」
記憶は鮮明に残っている――振られた直後、強引に彼女を抱き締めてした一発逆転のキス、サークルの連中が隣で寝ているのに、こっそりと唇重ねた秘密のキス、会った直後、すぐにキスをしちゃうからね、と実際に会ってすぐにした衝撃的なキス。
彼女たちもシチュエーションもキスも、とても大切で素晴らしい思い出なのに、なぜか、僕は、キスの味も、唇の感触も、最中の記憶も何も思い出せないでいる。
キスのこと、みんなはもっとちゃんと憶えているものだろうか。
そう言えば、一昨日会ったばかりの彼女のキスさえ、もう思い出せないでいる。
ぼんやりと気持ち良さだけが口元に残っている気がするけれど、でも、その時にあった大切な何かはどうしても思い出せない。
目をつぶって、あれだけ彼女の唇に集中していたのに。
何度も何度も、彼女が呆れるほど口づけを交わしたのに。
この味を、この感触をこの気持ちを憶えておこうと強く思ったのにかかわらず、唇が離れた瞬間、すぐに失ってしまう。
携帯に手を伸ばして、遠く北海道に住む恋人にメールを送る。
「キスしたい」
感情のままに書いて、すぐに送信する。
しばらくして、携帯のダイオードが赤く光ってブルブルと震える。
「今、仕事中。いきなり何!?」
怒っているのだろうか、でも、すぐに返事を返してくれて嬉しくなる。
両手で携帯を持って、ポチポチと返事メールを打つ。
「ごめんね、誰よりも君のことを想ってるつもりなのに、僕なんて、キスの味さえ忘れてしまうんだ」
送信した後で、いつも少しだけ後悔してしまう。
(了) |