このサイトをオープンしてから、今までにWindows Live Messenger(旧 MSN Messenger)を介して、何百人の人と会話をしてきたのだろうか。
時には、その時の感情をそのままに失礼なことを言ってしまったり、イチャモンやケチを付けられたり、お互いに主張を譲らずに激しい論争になることもあった。
しかし、見知らぬ相手と会話をすることは、僕に洞察力や想像力、そして、相手の心をおもんぱかる気持ちを育ててくれた。
そう、言葉の裏に隠された真意や、触れられたくないことを微妙に避ける言葉遣いや、文字を打つタイミングで伝わってくる呼吸など――会話を繰り返すうちに徐々にネットワークの向こうにいる人をリアルに感じられるようになっていった。
時々、メッセでの会話は実際に会ってる時と違って、顔が見えないから相手の気持ちがわからないと言う人がいる。
真実の一部ではあるが、それは真実のすべてではない。
文字だけの限定された情報だからこそ、はっきりと浮かび上がることもある。
手書きの手紙で伝わることもあれば、短い携帯メールが胸に響くこともある、逆に、実際に顔を付き合わせたから、言えないことだってあるのだ。
だから、実際に会っても会わなくても、大切なのはコミュニケーションのやり取りなのだ。自分をわかって欲しいという気持ち、相手をわかりたいという気持ち。そして、何かを伝えたい意志だと思う。
お互いに考えてることを相手にきちんと伝えることが、わかり合うための第一歩ではないだろうか。
だから、僕は誰とも話さなくても、時間に余裕がある限り、いつでもメッセンジャーをオンラインにしているし、過去にどんなことがあった相手でも会話を禁止することはしていない。
常に窓は開かれていて、いつでもどこでも誰とでも話せるようにしている。
単純に人恋しいから誰かと繋がっていたい――そんな安っぽい理由ではなくて、もっと、大切な、このサイトを続けている意味に通じる何かを求めて、僕は会話をしている。
それは、老若男女問わず、その人と又三良との間のみに存在しうるもの。
モーメント。
長い人生の中で、二人が共有する一瞬の刻。
「はじめまして、又さん」
ちょうど、知り合いから頼まれたグラフィックデザインのラフ案の仕事が終わり、FTPでファイルを先方のサーバーにバンバン送っている最中に、彼女は話し掛けてきた。
女性だと判断したのはメンバーの名前が“さくら”だったからだ。
「こんばんは、又三良@アイデアル・スタンプ・モンタージュです」
「今、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃなかったら、オフラインにしているよ」
こういう返事をする度に大人の対応じゃないな、と苦笑する。
模範解答は「大丈夫ですよ。どうぞお話しましょう」だろう。コミュニケーションには社交辞令というか暗黙の了解が必要不可欠なのはわかっているのだけど、どうもひねくれた返事をしてしまう。
「そうですよね、ごめんなさい」
ここで「すみません」もしくは「ごめんなさい」を連発する人だと、あまり話せないかもな、と思っていると、彼女はすぐに言葉を重ねてきた。
「あ、又さんってお呼びしてもいいですか?」
「どうぞ、又さんでもダーリンでも、お兄ちゃんでもお好きなように」
「はい、じゃあ、又ぽん、で」
「は!? 又ぽん、かよ!」
「……冗談ですよ。えっと、私の自己紹介しますね」
さくらは先日、二十歳になったばかりの東京近郊に住む女子大生だった。趣味は読書と散歩とトイカメラで青空の写真を撮ること、特技はピアノ、好きな食べ物はプリンと茄子を使った料理――とスラスラと順番に答えていく。
面倒くさがらずに丁寧に自己紹介をする姿勢に好意を抱くが、同時にどこか慣れているような気がして、もしかして、はじめましての人ではないのかも知れないな、と直感が働いた。しかし、本人が言わないのなら、こちらからツッコミを入れることではないと思い、自己紹介を続けさせる。
「ismで好きなエッセイとかある?」
「それが無いんです」
「えっ、無いのかよ!」
「だって、私、たぶん、この世で一番、このサイトが大好きなんで、どれか一つって言われても困ります……」
「この世で一番って、一番愛してるのは僕だよ」
「本人には投票権はないですよ。でも、あえて言うなら、『その日暮らし』が一番好きなんです」
『その日暮らし』とはブログの部分で、主にサイトの更新履歴と戯言メモがコンテンツとなっている。
「ブログかー、時々、そういう人がいるけど、僕としたら複雑だね。エッセイは魂を入れて書いてるけど、ブログの文章ってほとんどが手抜きだから」
「そうなんですか、すみません」
「いや、謝ることじゃないけど、手を抜いてるって読んでてわかるでしょ?」
「んー、でも、あそこは文章の質がどうのじゃないから、私にとって『その日暮らし』は憧れの又さんを身近に感じられるから好きなんです」
当然、気を引きたくてのサービストークなのはわかっているが、事実、僕自身、憧れの対象になる人物でもないし、あまりにもベタに媚びられても、うっとうしくなりそうで、
軽く削っておこうと思う。
「あはは、そういうことを言う人って、又三良に恋愛感情を抱いている人が多いんだけど、それは僕とセックスしたいって、遠回しの告白?」
多くの女性はこんなストレートな質問をされると、僕の気分を害さないように上手くお断りの言葉を告げて、これ以降、不用意な発言は控えるようになる。
僕自身もチヤホヤされて妙な勘違いを起こしたくないので、この手の発言はどこかで必ず入れるようにしている。
「恋愛感情ですかね、そうなんですか?」
そんな質問返しに、思わずムッとした口調でやり返す。
「……どうして僕に聞き返すの? それは君の気持ちじゃないの?」
「ん、じゃあ、たぶん、そうなんだと思います」
実際の会話でもメッセでも、一番、イライラするのは、このようなどこか他力本願の返事だ。自分の意思を明確にせず、相手の言葉ばかりを待つ姿勢が、無用に神経を苛立たせる。
「あのさ、じゃあ、とか、たぶん、ってそういう答え方は失礼だと思うよ。『じゃあ、あなたのことが好きです、たぶん』って言われて嬉しい人なんていないでしょう?」
「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんです」
「では、どういうつもりで?」
「えっと、なんて言えばいいのか、言葉に詰まっちゃって……」
ふと、無言が続いている。
何の根拠もないが、僕の直感は確信に変わろうとしていた。
「――ついでに言うと、君さ、本当ははじめましての人じゃないでしょう?」
エンターキーを押して、彼女の様子を窺う。
しばらくの後、
「ふう、相変わらずですね……」
と彼女は発言した。
「何が相変わらず?」
「そういう鋭いところ、あと、直球過ぎる言葉とか」
「やっぱりね、以前に話したことあるんだ」
「すごく怖いです」
「僕のこと、怖い人だと思ってる人がたまにいるけど、実際に僕と直接話した人は、すごく優しい人だったって言うけどね」
「知ってますよ、イメージと違って、すごく優しい声だったから……怖いって、そういう意味じゃないんです」
「へっ!?」
と、優しい声に引っ掛かる。
「又さんは、きっと私のことなんて憶えてないんでしょうけどね」
過去にメッセで話した人は大勢いるけれど、メッセから発展して、電話で直接話したり、実際に会ったりする人間は極端に限られるはず――頭の中を高速回転でシークして、埋もれている情報を見つけ出そうとする。
「憶えてないよ、誰なんだろう」
「私、自己紹介、嘘ついてませんから」
えっと、東京、二十歳、大学生、この口調、雰囲気……ああ、もしかして、と一人の女性に思い当たる。
「もしかして、エリカ?」
「わっ、当たりです。すごい、よく憶えてましたね」
「昔、話したときに本名を名乗ったでしょ。僕は女の子の名前が大好きで、言葉じゃなくて文字で見ると不思議と記憶に残っちゃうんだよね。あの時の女子高生だ」
「はい、エリカです。お久しぶりです」
「ホントに久しぶりだ」
「三年ぶりです。お元気でしたか?」
「このサイトを読んでるくせに良く言うよ。君は?」
「……元気です」
「そう――で、身分を偽ってまで、一体、何の用?」
「なんか、冷たい、言い方ですね」
「そうかな? 本当に冷酷な人間なら、気付いた時点でサインアウトしてるよ」
「それもそうですね、ただ、あなたと話したかった、だけじゃダメですか?」
「だったら、はじめましての人の振りなんてしなくてもいいじゃない」
「何か、話し掛けづらくて……これでもずっと悩んでたんですよ。又さん、たぶん、私のことを嫌ってると思うし」
キーボードから両手を離して、机の上で右手の人差し指と中指を交互に叩いてリズムを刻む。
どんな風に答えればいいのかな、と考える。別に飾る必要もなく、素直に答えた方が良いのはわかっているのだけど。
「気付かなかった振りをすれば良かった?」
「半分です、ね」
「半分? 何が?」
「私に気付いて欲しくないのが半分と、私に気付いて欲しかったのが半分」
「なるほどね、正直に言えば、君のことは今でも嫌ってはいないよ。でも、あの時、君がしたことは今でも許してはいない」
タイプミスも無くスムーズに打ち込んで、躊躇うことなくエンターキーを押して、彼女の返事を待った。
(※『後編』につづく) |