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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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036.『一晩だけの恋人』
Date: 2001.12.07
 地方に住む女の子にとって、東京はテレビや雑誌で紹介されるように、何でもあって、芸能人も住んでいて、キラキラと輝く街に見えたのだろう。
「なんか、お台場って楽しそう」
  そんな彼女の一言に初デートの場所が決まった。
  僕は一時期、お台場にあるテレコムセンターに設置されているマルチメディアソフトの開発で一ヶ月以上、お台場に通っていたことがあった。その時はトロトロと走るゆりかもめなんてもう二度と乗りたくないと思っていたが、一緒に乗る人間と目的が違うのならば、話は別だった。
 
「わー、すごーい」
  レインボーブリッジからフジテレビを始めお台場の景色が見えると、彼女は素直に感嘆の声を上げた。
「すごいでしょ」
  なんて、彼女に合わせて好きでもない人工都市を自慢しながら、そっと彼女の横顔を窺う。その表情が何を物語っているかは――付き合いの短い僕には窺い知ることは出来なかった。
  あれほど遠くに見えたフジテレビの展望台が間近に見えるお台場海浜公園駅で降りて、人工的に作られた穏やかに波が押し寄せる砂浜を歩く。
  昼食の間もずっとしゃべり続けていたのは、彼女の視線のせいだった。
  ふと間が空くと、どこか遠くを見つめる視線、気が付くとうつむいて何かを思い出している。
「ねえ、僕といて楽しい?」
なんて思わず訊きたくなってしまう。きっと、そんなことを彼女に訊いても、
「うん、楽しいよ、すごく」
と精一杯に笑顔を作って誤魔化すだけだろう。
  そんな不安が心をふと弱気にさせた。
  弱気は禁物だ、弱気は人を臆病にさせて、臆病は恋愛の天敵だった。
  僕は自らの心を奮い立たせたくて、観覧車に乗っている間もずっと彼女に話しかけていた。話の途中でも押し黙ってしまったのは、観覧車のカゴが頂点に達しようとする時だった。
  夕暮れの空と東京の街のシルエットは、言葉が不必要なぐらいにとても美しい景色だった。
 
  帰り道、新宿のタカシマヤに寄って、ワインを選び、ガーリック風味のクリームチーズとクラコットを買う。
「僕の家に来る?」
  お台場を離れる時に、僕の誘いに彼女がうなずいたからだ。ワインとチーズのお代は財布を取り出した僕を差し置いて、彼女が支払った。
  電車の中では二人きりを意識したのか、僕も彼女も口数が少なかった。空白の間が嫌で、僕は京王線沿線について知ってることをすべて話した。
  彼女は「へぇ」、「ふうん」を連発して話に付き合ってくれた。たぶん、とても退屈な話だったんだろうと思う。
 
  そして、彼女を僕の部屋に招き入れる。
  初めてのデートでそこまで漕ぎ着けたのは、きっと、僕も彼女もこのデートの終着点がベッドの上だと何となくわかっていたからかもしれない。
  僕たちはとりあえずワインで乾杯をして、クリームチーズをたっぷりと載せたクラコットを食べながらテレビを観ていた。
  そして、観ていた番組が終わって、ふと、見つめ合った瞬間、僕は引き寄せられるように彼女の唇にキスをした。
  彼女はびっくりもせず、うっとりともしていなかった。
  まあまあ、落ち着いてよ、と言わんばかりに、両手で軽く僕の身体を押して、
「ごめんね、今日、あんまり体調良くないの……」
と、両手で髪を撫でた。
  焦ってしまったな――と後悔していると、
「でも、したいんだよね?」
と上目遣いで僕の顔を見た。僕は素直に、
「うん、したい」
と答えた。
  ストレートな僕の欲求に彼女は、う〜ん、どうしようかな? と右手で考える仕草を見せて、
「……うん、いいよ」
と静かに言って、シャワー浴びてくる、と言って浴室に向かった。
 
  いつもは一人で寝起きするだけの布団で、僕と彼女は抱き合ってキスをして身体を求め合った。
  冷たく固かった彼女の身体は徐々に熱を帯びて柔らかくなっていく、
「私、下手だから、ごめんね」
とその言葉とは裏原に、彼女の手つきはとても優しく、ペニスの扱い方が上手だった。そして、情熱的な舌の動きが僕に最初の頂点をもたらした。
  口の中で射精してしまい、慌てて謝る僕に、
「ううん、いいの、大丈夫」
と首を振って三枚取ったティッシュの中に精子を吐いた。
  しばらく待って、再び、出来るようになると、彼女はたっぷりと唾液をペニスに塗り付けて、自分から僕の上に乗って激しく腰を動かした。
  それから、僕と彼女はお互いに疲れ果てて動けなくなるまで、何度も何度もその行為を繰り返した。
 
  シャワーを浴びた後、二人並んで寝る。
  僕は彼女の手をそっと握り締めて、
「何かあったの?」
と訊いた。
  身体を重ねた事実が心に余裕を持たせたのだろう、今までとはまったく違う自然なタイミングだった。そう、僕はもう、何かに焦ることもなく、無言の間を恐れてはいなかった。
「……別に、何もないよ」
  身体を開いても彼女は心の内を僕に見せようとはしなかった。
「じゃあ、ジャンケンで身の上話でもしようよ、はい、ジャンケン、ポイ!」
  僕がパーで、彼女がチョキだった。
  チョキが来るのは何となく読んでいた。僕は「うわー、墓穴掘ったー」とわざとらしくはしゃぎながら、半年前に振られてしまった彼女について話した。
  次のジャンケンは真剣勝負で、僕がグーで、彼女がチョキだった。
  僕の失恋話が彼女の心のハードルを少し下げたのか、「別に大したことじゃないんだけど」と彼女は話し始めた。
  遠距離が原因で別れてしまった元彼氏が忘れられないこと、そして、女友達のダンナさんに言い寄られてつい身体を許してしまったこと――。
  僕は黙ってそれを聞いて、特に何もコメントしなかった。
  また次の番が来る。しんみりとした空気を消し飛ばせたくて、とっておきの面白い話を用意していた。ジャンケンは二回のあいこを繰り返した後、予想通り、僕が負けて、
「これ、絶対に笑えるからさ」
とさっそく話し始めた。
  しかし、オチに到る前までに、彼女はすでに夢の中の住人で、スウスウと寝息を立てていた。
  その寝顔がたまらなく愛おしく思えて、唇に軽くおやすみの口づけを交わした。
 
  翌日の朝、部屋の中の空気は一変していた。
  彼女は僕に目覚めのキスも許さなかったし、僕が寝ぼけているうちにさっさと服を着替えて、一分の隙も見せなかった。ソワソワと時間を気にする彼女を、どうにか落ち着かせて、彼女が好きだと言っていたオムレツを作ることにする。
  材料はすでにスーパーで買い込んでいた。
  卵を溶いてフレッシュミルクと砂糖を入れて、バターを引いたフライパンの上で焼く。ようやく出来たオムレツは不器用な形で、少し焼きすぎてパサパサとしていた。
  彼女は用意したナイフとフォークは使わずに、コンビニの割り箸で一切れ食べて、
「まあまあだね、ありがとう」
と言って、自分の分を半分残した。
  僕も一緒に食べたけど、決して、美味しいと言えるようなモノではなかった。
 
  帰りの電車の中、僕と彼女の間には会話という会話は成立していなかった。僕もまた昨日のように積極的に喋ろうとは思わなかった。そんな段階はすでに通り越していた。
  彼女と身体を重ねて、少しでも本当の彼女を知った分だけ、今、彼女が何を考えているかわかるような気がした。
  僕の心境を素直に露呈してしまえば、5−0で負けているサッカーの試合で後半40分で出されたフォワードの選手のようなものだった。
  つまり、負けは確定なのに、点を狙わなければならない虚しい役目を背負わされていた。
「今度、いつ逢えるかな――」
  そんな一言がどうしても喉から出ない。
  そして、その台詞を言わないことが、僕に出来る最後の優しさだとわかっているのに、それを認める自分がどうしても許せなかった。
 
  お見送りのターミナル東京駅。
  彼女が乗る新幹線は自由席のはずなのに、なぜか小走りで東海道新幹線の改札口に急いでいる。
  改札の前に立つと、
「じゃあね、いろいろありがとう」
と彼女は気持ちいいぐらいさっぱりとした口調で言った。
「うん……あ、そうだ、また逢えるかな」
  最後だと思って勇気を振り絞って彼女に言ってみる。“今度”を“また”にしてしまったのは、僕の弱気なのか優しさなのか、彼女は嬉しそう表情を変えず、うん、とうなずいて、
「……またね」
と手を振って、改札機に乗車券と特急券を滑り込ませた。
  そして、一度もこっちを振り返ることなく、十八番線のホームに続くエスカレーターを昇って僕の視界から姿を消した。
 
  その後、僕が掛けた電話は一度も彼女には繋がることはなく、当然、彼女からの電話も一度して鳴ることはなかった。
 
  あれから数年が経った今でも、時々、同じことを繰り返す。その度に、この出来事を思い出す。
  一晩だけの恋人。
  彼女たちは 顔も名前もすぐに忘れてしまうのに、ただ、その時の僕の気持ちだけがリアルに克明にこの胸の中に残ってしまう。

 (了)
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