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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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034.『風のマリー、je t'aime moi non plus』
Date: 2002.11.16
 ずっと前のこと、深夜にWindows Live Messenger(旧 MSN Messenger)で中国の大学に留学している女子大生のルリと話していると、
「話変わるけど、友達にアイデアル・スタンプ・モンタージュをオススメしました」
と、このサイトの話題が出た。
「ありがとう。どうだった、感想は?」
  当然、感想を求めると、ルリは返事を躊躇うように間を置いて、
「いろいろ言ってました、私的には不本意なことを……」
と言って、彼女の友達が話したことを僕に説明した。
 
単純には面白いと言ってました。
しかし、「男をまともに感じるから、気持ち悪い」だそうです。
非常に言葉に長けた人だとは思うが、自分でそれを自覚しているところが鼻につく。
ハッキリ言うと「ちやほやされてるんでしょ、この人」はだって。

 
  思わず、声に出して笑ってしまう。何度も言われた言葉ではあるが、ここまで的確に表現したのはその友達が初めてかもしれない。
「それで、“日本人の男はうぬぼれやすい”とか言ってて、クラスでプチ討論になりかけましたよ」
  日本人の男? と言う単語が僕の頭の中にクエスチョンを浮かび上がらせる。
「え?」
「日本人の男の定義が途中からアジアの男に変わって、中国人と日本人とフランス人と韓国人でプチ討論しました。又三良さんのおかげで面白いディスカッションができました」
「ちょっと待った、その友達は女性? 何人なの?」
  ルリは短く友達のプロフィールを書き連ねた。
 
  28歳のフランス人女性。
  日本に留学していた経験があり、大学では谷崎潤一郎を専攻していた過去を持つ。当然、日本語は堪能で、現在、ルリと共に北京の大学に留学しているらしい。
  以前、僕はある男性読者から、
「まあ、又さんは似非フランス人みたいな人だから……」
と褒め言葉か何だかわからないようなことを言われたので、少し興味をもって、ルリに他には感想は何か言ってなかった、と訊いた。
  するとルリは、
「ちょっと待ってもらえたら、本人連れてきますけど(笑)」
と答えた。
  どうやらルリとフランス女性は同じアパートに住むルームメイトらしい。しばらく待つと、どうやら彼女はお風呂に入っているらしく、今、直接、会話を交わすことは出来ないと言われた。
「そっか、残念だな」
と言うと、
「あはは、でも半裸で出てきたよ(笑)」
と、びっくり発言。
  半裸のフランス人女性の濡れる身体を想像して、同じ質問を繰り返した。
「はじめまして、又三良と申します。僕のサイトの感想はどうですか?」
  パソコンはルリしか扱えないようだから、ルリには通訳みたいな感じでキーボードを叩いてもらう。
 
  全部読んだんだそうです、又三郎さんの文章。
  非常に勉強になった、だそうです。
  印象は自分を美しく書いている人だと思ったんだそうです。
  言葉の端々に自分を擁護する部分が見え隠れするんだそうで、それが「鼻につく」だそうです。
  なのに文章が美しいから。
  でも、彼は猿……サル山の大将って言葉を日本で聞いたことがあるんだそうです。(※つまりは井の中の蛙?)
 
  私の日本語は当然あなたよりも格段に劣るけど、エゴを美化するような文章を書くことが醜いということはわかる。
  あなたはその醜さを、耽美な文章で隠すことに長けているだけだ。
  エゴは美化ではなくエゴでしかない。
  ただ、あなたが自分に正直に書こうと努めていることはわかる。

 
  むー、なるほどね。
  つまり僕は自分の醜いエゴを、卓越した筆力で自分を美しく書いているだけだ、と言うことらしい。正直に書いてはいるけれど、まだ、どこか自分を守っていると。
  いや、本当に率直な感想。
  しかし、僕はエゴイストでもナルシストでも、自信過剰でもなく、自分が本当に感じ、想い、考えたことを、誰かにわかるように文章にしたいだけだ……と強く反論したい気持ちを胸に抑えて、とにかく話を聞き出すことに努めようとする。
「そろそろ質問していいか? だって」
  そんな僕に、彼女が質問を投げかける。面白そうだ、当然、
「どうぞ」
と答える。
「あなたは、何をしようとしているの?」
 
  又三良さんが、文章で何かをしようとしてるような気がしたから、だってさ。
  自らへの批判を求めてるような気がしたんだって、自分の楽しみのためだけにサイトを作ってるの? って。

 
  僕は次のように答えた。
「僕は単純に文章を書いて売る人、つまりアマチュアではなくプロの小説家になりたいのです。このサイトはそのための前線基地だと思ってください。批判については、ポジティブでもネガティブでも関係なく、すべての批評を受け止めたいと考えています。それは表現をする人間としては、当たり前の事ですし、なにより、自分の文章がどれだけ人の心を打つのか、どの部分に人が反応するのか知りたいのです」
 
  彼女は煙草を吸いながら、ふんふんとうなずいている様子らしい。
  そして、「これも書いてよいのかしら」とルリからの前置きの後に、フランス人女性ははこんなことを言った。
「でも、私があなたのそばにいたら、あなたの気をひきたいと思うかもしれないわね、本能が」
  その言葉に隠れていたプレイボーイ的な男の性にポッと火が点る。僕は冗談交じりの感覚で、
「じゃあ、日本に来たら、僕と会って、いろいろ語り合いましょう。もちろん、セックスの後のピロートークで」
  ルリが戸惑う。
「これ、本当に言っていいの?」
「当然、もちろん」
  それを聞いて彼女は大笑いしていたらしい、そして、
「そうね、セックスするのもいいかもね。だってよ」
と答えた。
  ニヤリと笑って、前に読者に言われたことを聞いてみる。
「僕は、以前、人に、似非フランス人と言われたのですが、フランス人の男性でこんな人間はいますか?」
  彼女はこう答えた。
「フランス人の男性があなたと同じようなことを書いていたとしたら、フランス中の女から羨望と蔑みを受けるでしょう」
  少し意味が分かり難かったので、素直に問い返す。
「それはどういう意味ですか? もっと詳しく」
「羨望は、あなたに愛される女性に対する羨望。そして、蔑みはエゴに対すること」
  少し強く押してみようと、彼女にこんな事を訊いてみる。
「日本人は本音と建前を使い分ける民族だと言いますけど、アナタの言う“セックスするのもいいかもね”は、いわゆる日本人的な答えですか?」
  彼女の答えは、
「ノン、又三良がベッドの中で吐く言葉を聞いてみたい」
「でも、僕は日本語しかできないから、吐く言葉はどうしたらいいのだろう?」
「日本語でどうぞ。あと、日本人男性のセックスとあそこは嫌いじゃない」
「じゃ、君の返事は本気と捉えていいのね?」
「もちろん、肌と肌が触れ合わないと感じられないこともあるのよ」
  おお、まさしく、その通り。
  コミュニケーションとはメディアだけで行うものではなく、言葉だけで伝わる物ではない。彼女の言うとおり、肌を重ねることで分かり合うこともある。
  それは万国共通、ワールドワイドなデファクト・スタンダード。四畳半ダンディズムはインターナショナルに通じるコード。
  調子に乗って、口説く言葉も滑らかに加速していく。
 
「君の名前は? 出来ればフルネームで」
「フルネームを言う必要は?」
「名前も知らない女性を口説くことはできないから」
  彼女がそこで爆笑したらしい、僕は続ける。
「ベッドの上で、名前も知らないのに愛を告げることはできないでしょ?」
「じゃあ、マリーって呼んで」
「フルネームも聞きたい。僕は女性の名前と仕草とその声に感じる人だから」
「相手の名前を知らないのに答えるバカはいないわ」
「matasaburoじゃダメ?」
「だったら、私も“風のマリー”でいいわ」
  ちなみに“マリ”ではフランス語で“夫”と言う意味も説明くれる。一体、何を意味するのだろう?
「本当に女性なの?」
「女、だよ」
「だったら、ちゃんと教えるべきだ。フルネームを」
「あなたもちゃんと教えなさい、ペンネームではなく」
「知りたければ、本名は会った時に教えるよ。又三良の由来と一緒にね」
「じゃ、私はマリーでいい」
  駆け引きと言うか減らず口と言うか、フランス女性はなかなか手強い。
「じゃあ、それでいいよ、マリー」
「そうマリーよ、それしか今は教えない。なぜなら、私にはプライドがあるから」
「僕は好きな女性の前ではプライドの欠片も無くなるのに?」
「そう、男はそれでいいの」
  参ったなぁ、と頭を掻く。常に会話の優劣を意識しているわけではないけれど、何となく押され気味に感じて、ちょっとだけ強気に出てみる。
「へー、偉そうに、僕に恋をしているくせに、さ」
「いいえ、あなたが私に恋をしてるのよ。くだらないプライドは捨てたら?」
  口元を緩ませて、タバコの煙を吐くマリーの姿を勝手に想像する。
「つまらない意地を張っているのはマリーでしょ? 君が僕に関心を持った時点で、君は恋に落ちている。それは真実だ――空が青いと同じぐらいに」
  サラッとそんなセリフが出てくるのは、やはり、又三良が又三良たるゆえん。
「私に興味を持って、バスローブ姿の私を強引に呼び出したのはあなたよ。月にうさぎがいない真実と同じ」
  素晴らしい切り返し。
  そして、ふと、話題はフランスでも月にうさぎがいると言うのかな? という話になる。
「フランスでは、月にうさぎはいるって言うの?」
「いいえ。フランスでは月に女神がいるの。日本では月の神様は男でしょう?」
  そうだっけ? と疑問に思う。
「あれ、日本では昔から、太陽が男で月が女、じゃなかったっけ?」
「平塚らいてうが“原始女は太陽であった”って言ってるのは天照太神のことじゃないの?」
 
  この言葉は、明治44年(1911)に創刊された『青鞜』で平塚らいてうが書いた創刊の辞。
――元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である……。
 
「まったく、普通のフランス人はそんなこと知らないよ」
「私は普通のフランス人じゃない」
  谷崎潤一郎と言い平塚らいてうと言い、これはまさしく本物だ。
「どっちでもいいよ。今宵、君が月に女神がいるというのなら、僕はそれを信じる」
「私も信じてるわ――でも、今、あなたの女神はきっと私だわ」
  まったく、その通りと、モニターの前でほくそ笑む。
 
「しかし、二人の間には距離という現実がある。それを見通して、マリーは僕と寝てみたいと言ったんでしょう?」
「いいえ、私はいつだって本音で話してる。あなたとセックスがしてみたいと言ったのも事実よ。でも、現実が壁を作る、あなたは私に会いに来るとは言わない」
「出来れば、北京じゃなくて東京で会いたい」
「それはなぜ?」
「それは僕が生きている街で君と出会いたいからだ……あと、単純に仕事の都合だけど(笑)」
「でも、ニューイヤーの頃なら空いてるでしょ? 北京に来て」
「むむっ、でも北京はちょっと……」
「時間とあなたを比べるものではないわ」
  それからしばらく二人が出会う場所を話していると、マリーが、
「そろそろ、ルリも私も寝るわ」
と言った。
「そう、じゃあ、またメールでもください」
「気が向いたら、メールする」
「日本語で書いてくれる?」
「私が欲しいなら、フランス語を勉強するぐらいの覚悟を持って欲しいわ」
「必要なフランス語は、覚えてるよ」
「そう? じゃ、パリに来る?」
「je t'aime moi non plus(ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ)」
――愛してる、僕もそうじゃない。
  昔、好きだった、セルジュ・ゲンズブールの言葉。映画にも音楽にもなっているから、知っている人は知っているはずだ。
  その言葉に、マリーはモニターに向かって投げキッスをしたらしい。
 
  読者の興味は、果たして又三良はマリーと出会い、熱く甘い夜を過ごし愛の言葉を交わすことが出来たのか、に膨らんでいると思う。
 
  しかし、それから少し経って、中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が発生し、マリーも母国フランスに緊急帰国し、彼女と僕を繋ぐルリとも連絡が取れなくなってしまった。
  マリーとの約束は果たされることはなく、僕はそのいつかを待って、マリーが訪れたであろうこのサイトに彼女との会話を書き残そうと思った。

 (了)
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