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author
細川又三良 (ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。
art direction & design
Instant Design Works
photograph
matasaburo EXHIBITION |
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(2002.05.20〜現在)
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| 032.『カンバセイション・パートナー(中編)』 |
| Date: 2006.08.29 |
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(※『前編』のつづき)
「初めて会った日のこと、憶えてます?」
「ん、誰と?」
「私ですよ、私と先輩」
急に表情を柔らかくほころばせる片岡に、逆に自分の方がナーバスに、神経質になっていることがわかった。小さく咳払いをして、
「憶えてるよ」
と短く答える。
「へえ、憶えてくれてるんだ」
「いきなり、一人でクラブハウスに来て、見学したいんですけどって言う女の子は少ないからね。大抵が二、三人で『あのぉ〜、わたしたちぃ』って来るものだから」
「人を珍しい動物みたいに言わないでくださいよ」
「僕なりに褒めてるんだけどな、あとは……それかな?」
僕の視線はニットに柔らかく包まれた二つの豊かな膨らみに向けられる。その胸に触れたのは後にも先にも後夜祭の罰ゲームの時だけだ。触った感触などもちろん憶えていない。セクシャルな感情はないのに、なぜか、卒業以来、その乳房に触れた男は何人ぐらいいるのだろうかと考えてしまった。
「初めて会った時も、何度かチラ見してましたよね」
「いや、ちょっと、そりゃ、見ちゃうでしょ? 男なら誰でも」
「普通の人は見てても、そのことは口になんてしませんよ」
「はいはい、ごめんね、セクハラ発言で」
「一人で来たこととバストの他に印象に残ったことはあります?」
手すりから身を乗り出してクラブハウスの方向を見る。数年前に情報管理棟が新設されたことで、ラウンジからはクラブハウスを見ることができなくなっていた。
数年前、あの建物の向こうにあるクラブハウスの一室で、僕は三十分あまり、片岡に学祭の話や実行委員会の仕事について説明をしたことを思い出していた。短い言葉のやり取りでも彼女が頭の回転が速く、賢い子だと言うことがわかった。
「んー、印象かー」
「あの時、僕と一緒にカッコいいパンフレット作ろうよって言ったの憶えてます?」
「えっ?」
「君の力を借りたいんだって口説いたんですよ、先輩」
正直、まったく記憶になかった。その日、説明を終えると片岡にジュースをおごって、車で最寄り駅まで送ったことは憶えているが、そんな思わず噴き出しそうな恥ずかしいセリフを初対面の女の子にいきなり言うとは考えられなかった。
「そんなこと言ったっけ?」
片岡も自信なさげに肩をすくめる。
「私もはっきりと憶えてないんですけど、なんか、そんな印象が残ってるんです」
「実行委員会は常に人手が必要なのもあるし、興味持ってくれた人には一応、誰でも誘うことにしてたしね……何か勘違いしたんじゃない?」
「んー、そうかもしれない……」
「でも、あの頃、編集をやりたがる奴がいなくて、人を捜してたのはあったかも」
片岡は、あ、うん、と力強くうなずいた。
「うん、たぶん、それです。その時の先輩の表情とか声のトーンとか、熱心に話してくれたことが私の心に届いたんだと思います。途中で、喉乾いた?って気を遣ってジュースまでおごってくれて、通学バスだと待ち時間とか長いからって駅まで送ってくれたり――別れ際『もし興味があったらまた来てよ』って言葉が私の中で勝手に『僕を手伝ってくれ、一緒にやろうよ、君のことが必要なんだ』って変換されちゃったかもしれませんね」
うんうん、とうなずいて片岡の言葉を肯定する。
「たぶん、言葉に出さないだけで、そういう空気を発してたんだよ。実際、片岡が実行委員会に入ってくれれば良いなって思ってたし、入ったら、絶対に編集部に誘おうって思ってた」
「やった、すごい、両想いだったんだ」
「そだね、相思相愛ってやつだ。だから、結果的にあんなに良いパンフができたんだよ」
ビールを飲もうとして、手に持った缶ビールを左右に振ると、ちゃぷちゃぷと小さく音が鳴った。
「あ、ビールまだ飲みます? 私、取ってきますよ」
「ううん、できればカクテルみたいな甘いお酒が飲みたい」
「すぐに戻ってくるから、どこにも行かないでくださいね」
「でもさ、ずっと二人で話してると、みんなに怪しい目で見られない?」
片岡は途中でくるりと振り向いて、
「あはっ、先輩に口説かれてるって言い触らしておきます」
と言い残してラウンジの中に入っていった。
缶ビールももう三本ほど飲み干していて、不意に尿意を催して、片岡の後に続くようにラウンジに戻りトイレへと向かった。手を洗ってハンカチで拭い、鏡に映る自分の顔をチェックした後、ルーフバルコニーに戻ると、腕を組んでしかめっ面している片岡が僕を待っていた。
「ごめんごめん、トイレ行ってた」
「どこか、消えちゃったかと思った」
「漏れそうだったの、勘弁してくれよ」
苦笑いしながら歩み寄る僕に、ワインクーラーの缶を手渡さずに手すりのコンクリートに置く片岡。頬は若干膨らんだままだ。
「あの時のこと、思い出しちゃいました」
「……あの時だらけだな、いつのことだよ」
「夏合宿の打ち上げですよ」
夏合宿と一言で言われても、三年間在籍した僕には何年のことかすぐには思い出せなかった。
「いつの合宿?」
「私が参加したのは一回だけですよ。先輩が三年の時の夏合宿の打ち上げ」
「ああ、うん」
「最初、隣に先輩がいたのに、途中、私がトイレに行った時、先輩いなくなっちゃったんですよ。あれーっ? って探したけど、どのテーブルにもいなくて、店の外に出たら、店の駐車場の隅で倫子先輩と一緒にいたんです」
ちょうど調理場の隣で大きな換気扇から料理の匂いが漂っていた。ベタつく肌の汗と寄ってくる虫を気にしながら、僕は倫子さんと二人でいることを幸せに感じていた。
「……思い出しました?」
「ああ、倫子さん、その日、体調が悪くてさ、外に空気を吸わせにいったんだよ」
「それだけですか?」
「ああ、それだけだよ」
「仲良く寄り添う二人のシルエットを見た時、何か、胸が、こう、ギュッと痛くなる感覚があったんです。先輩を見てそう思ったのは初めてで、すごく焦りました。だって、それまで全然、恋愛対象として見てませんでしたから。先輩も私のこと女として見てないのわかってたし、先輩とは一緒に仕事をしてるのが楽しかったから、それに、先輩が倫子先輩のこと、ずっと前から好きなの知ってましたから……」
「へー、誰かに訊いたの?」
「そんなの先輩の視線の先を見ればわかりますよ」
そっか、と口にしたが声にはならなかった。
「先輩、一つ訊いて良いですか?」
どうぞ、と今度はハッキリと口にする。
「――倫子先輩のどこがそんなに好きだったんですか?」
高校野球の地区予選で登場するストレートしか投げれないノーコンピッチャーのような片岡のペースで問い詰められたらたまらない、と、
「ちょっと待って、とりあえずお酒飲んでもいいかな?」
と缶のプルタブを開けて、クイッとワインクーラーの缶を傾けた。
ワイン味の微炭酸が喉を刺激して通っていく。過去を思い出すのには酒の力は必要なかったが、片岡の質問に答えるにはアルコールが入った方が舌が滑らかに回るだろうと思った。
(※『後編』につづく) |
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