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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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029.『盆踊りの彼女』
Date: 2003.08.18
 この季節、通り過ぎる街で盆踊りを見かけると、以前につき合っていた女性のことを必ず思い出す。
  彼女は背が高く、背筋がピンと伸びていてとても姿勢が良かった。古風であっさりとした顔立ちに似合わず、派手なメイクと原色系のファッションが大好きで、新しく買った服を着てきては僕が気付かないでいるとヒールでも構わず僕の足を踏んづけた。
  そんな彼女の隠された特技。
  夏のある日に、通りかかった盆踊り会場で僕は目の当たりにする。
  僕がまだ京王線沿線に暮らしていた頃の思い出。
 
  その日、夏休みを取れなかった僕は帰省もせずにせっせと働いていた。
  8月も半ばを超えたのに夏の暑さは収まることもなく、夕暮れになっても蒸し暑さは相変わらずで、僕は汗だくになって駅の改札口で彼女を待っていた。
  彼女は待ち合わせの時間よりも十分ぐらい遅れて到着した。
  時間にルーズな彼女にいつものように文句を言いながら、彼女の住むアパートへと歩いていると、彼女は突然に足を止めた。
「あ、盆踊り」
  その声がまるで幼い女の子が呟いているようだったので、僕は盆踊り会場を見るよりも彼女の顔に視線を向けた。無邪気な笑顔と言う言葉がピッタリ当てはまるように、頬が緩み、瞳が照明に反射してキラキラと輝いていた。
  へえ、こんなに嬉しそうな顔って初めて見たなぁ、と彼女の表情をじっと見つめていると、彼女は一瞬とても恥ずかしそうなはにかみ笑顔を見せた。
「せっかくだから見て行こうよ」
  そう言うと、彼女は「うん」と力強く頷いて、盆踊り会場である公園の入口まで小走りに歩みを早めた。
  誰もが心の奥に持っている懐かしい縁日のイメージ。
  そんな雰囲気に一時的に浸りたいだけと思っていたのに、彼女が関心を持っていたのは、屋台のフランクフルトやリンゴ飴でも、冷たく汗をかいているビールでも無かった。
  視線が釘付けになっていたのは、やぐらの上。
  踊る地元の婦人会の人たちだった。
  あまりにもその視線が真剣だったので、僕はからかい半分に声を掛けた。
「踊りたいなら、踊っていいよ」
  冗談のつもりだったのに、彼女からは意外な言葉が返ってきた。
「えっ、ホント? 踊ってもいいの?」
  過去に何度か付き合っている彼女と盆踊りや夏祭りに出かけたことがあるけれど、「ほら、踊りなよ」と彼女をからかっても「んな、踊るわけないじゃん」とか「又さんと一緒なら踊る」と返されて、実際には踊る女の子なんていなかった。
  しかし、目の前にいる彼女は目を輝かせて今にも飛び出しそうな勢いだった。
「うん、いいよ」
「じゃ、踊ってくる」
  彼女は躊躇うことなく僕にバッグを手渡して、まだ人がまばらな円の中に入っていった。
 
  初めて踊る盆踊りにも、やぐらの上を参考にして見よう見まねで踊り始める。
  踊っている人も少なく同年代の若い女性がいなくても、彼女は照れることなく堂々と踊っていた。
  その姿に女性の仕草フェチである僕はグッと引き寄せられた。
  優しく伸びる手のしな、ゆったりとした足使い、余裕を感じさせる口元の微笑。
  踊りの中に見えるちょっとした色気に、僕はクラクラと虜になってずっと見とれてしまっていた。これが仕事着の地味なスーツじゃなくて、浴衣だったらさらにキレイに映えるんだろうな、と思ったが、洋服で踊るのもミスマッチな意外性があって彼女は一番目立っていた。
  何よりも表情が良かった。
  本当に楽しそうに踊っているのが、見ているだけでも伝わってくるからだ。
  途中、曲が終わり休憩に入ると、彼女はお祭りのハッピを着た若い(と言っても三十代前半ぐらいの)男の二人組に声を掛けられ、彼らに誘われるままに付いていってしまった。
  さっきよりも随分増えた人波の中に彼女の姿を見失い、しばらく経つと彼女は、一直線に僕の元へ走り寄ってきた。
「はい、これ」
  彼女が差し出したのは缶ビール2本と串焼きの盛り合わせ。
「どうしたの?」
「ん、ナンパされちゃった」
  嬉しそうに笑ってあらぬ方向に視線を向ける。
  彼女の視線の先にはテントがあって、その下で2人組の男が忙しなく働いていた。大方、町内会の役員なんだろう。
「また踊ってきてもいい?」
「うん、もちろん」
「じゃ、踊ってくる」
  嬉しそうにきびすを返す彼女を呼び止める。
「あ、ねえ、踊ってるマユってキレイって言うか輝いてるって言うか、とても魅力的に見えるよ」
  とっさに出た言葉。僕の正直な感想だった。なぜだか、この場でそのことを強く伝えたかった。
  彼女は何も言わずに頷いて、前よりも人が多くなった踊りの輪の中に再び入っていった。
 
  結局、彼女は仕事帰りの姿のまま、最後まで1時間半近くも踊り続けた。
  屋台で夕食代わりのお好み焼きとフランクフルトを買って、彼女のアパートへと向かう。
「正直、少し驚いたよ」
「やっぱり? 私も彼氏の前で盆踊り踊ったの初めて」
「へええ、いつも踊ってると思ってた」
「ううん。やっぱ考えるよー、引かれるんじゃないかって。お祭り女って思われたらどうしようとか」
「あはは、じゃあ、今日はどうして?」
「何となく、又さんの前だったら踊ってもいいかなって、踊っていいよって言われたし」
「あー、あれは冗談半分でからかったつもりだったんだけどね……うん、でも、すっごくステキだった。カメラ持ってこれば良かったなと思ったよ」
「そお?」
「うん、たぶん、フラッシュ焚いちゃったりすると全然雰囲気違って写っちゃうんだろうけど、でも、撮りたかったな」
  気が付いたように前髪を気にする彼女。あれだけ堂々と踊っていたのに、今さら恥ずかしがるなんておかしいよな、と少し笑う。
「私の田舎って、お盆の間中ずっと盆踊りをやるのね。お母さんが大好きで小さい頃から連れて行かれるうちに私も大好きになって、太鼓の音とか聞くと意味無く血がうずくんだよね」
「お祭り女じゃん」
「そうかもー。踊ってる間って、何もかも忘れるぐらいに楽しいんだもん」
「ウチの田舎でも盆踊りをやってるよ、一昨年ぐらいから一日だけになっちゃったんだけどね」
「へー、淋しいね」
「全然。でも、お袋は淋しがってるかもね。お袋も盆踊り大好きだから」
「あー、でも、こんな格好じゃなくて、ちゃんと浴衣を着て踊りたいな。今度、ちゃんと見せてあげる。浴衣を着てやぐらの上で踊るところ。来年の夏休みになっちゃうけどさ」
  屈託無く笑う彼女に僕は少しだけ複雑な気分になった。何となく彼女の故郷へは行くことはないだろうな、とその瞬間に悟ってしまったから。
  それでも僕は次の言葉を言うしかなかった。
「そうね、見てみたいな。マユが浴衣で踊るのを」
「うん、八幡様踊りをたっぷりと見せてあげる。又さんにも踊り教えてあげるね」
 
  残念ながら、僕の予想通り、その約束は果たされることはなかった。しかし、僕は夏になって盆踊りを見かける度に彼女を思い出す。
  盆踊りの彼女。
  踊る彼女は永遠に若く、美しく、そして、魅力的に夏の一夜を彩ってくれている。

 (了)
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