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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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028.『いとおしいってうっとおしい』
Date: 2004.05.17
 パソコンに向かい、さあ、いざ、集中! と言った絶妙なタイミングで、いつも彼女は僕に声をかける。
「……又さぁん、今、ちょっといい?」
  甘ったるい声、仔犬のような瞳、首を傾げる仕草、いくつになっても女性は恋人の前では天使のような表情を見せるもの。それが僕にとってはある意味、悪魔なんだけど――僕は彼女にわかるように大きく勢いよくため息をついて、
「どうしたの? 何かあったのかい?」
と、彼女に問いかける。
  いかにもイラ立ってる早口に優しい言葉は似合わない。その通り、僕の言葉は見せかけだけの優しさ。
「ん、なんでもない」
  空気を感じ取ってへそを曲げる彼女。
「わざわざ呼びかけるぐらいだから、何かあるんだろ?」
「ううん、呼んでみただけ」
「なんだよ、言えよ」
「いいの、又さん、忙しそうだから」
  そんな彼女の態度に尖っていた気持ちが収まってくる。健気で下手に出られては、無下に無視することもできず、彼女の気持ちを救ってあげたくなってしまうのだ。
「ん、大丈夫、どうしたの?」
「えっとね、んっとね……んー、なんでもない」
って、もう、顔に出てる。
  きっと、淋しくて一人で眠れない――そんな夜なんだろう。僕は、ふうっと大きく息を吐いて立ち上がった。
「いいよ、少しだけ一緒にいようよ」
「え、いいの」
「うん、少しだけなら」
  彼女は黙ってうなずいて、どこか弾むような足取りでベッドルームに向かった。
  アパートの前の通りからクルマのエンジン音が聞こえる。午前一時、カーテンの隙間から真夜中のヘッドライトが一瞬だけ部屋を照らす。
  彼女はあお向けになって寝て、僕は添い寝をするように身体を横に向ける。暗闇の中に光る瞳、先手を打つように僕に向ける。
「ごめんね、私のワガママで」
「……大丈夫、この世の中にワガママじゃないお姫様なんて存在した試しがないから」
  そう笑って、おでこに軽くキスをする。鼻先に漂うのは化粧水の香り、彼女の匂いの約50パーセント。
  手が自然に伸びて彼女の乳房を優しくまさぐる。セクシャルな愛撫と言うよりも、存在を確認するための行為に近い。
「眠るまで、一緒にいてくれる?」
「うん、君が悪い夢を見ないように見張ってるよ」
  またまた口先でそんなこと言って、頭の中で考えていることはまったく別のこと。スウスウと彼女が寝息を立てるのを待って、そっと布団から抜け出す。
 
  ターン・オーヴァー。
 
  いつにも増して、余裕のない彼女の表情。
  食事を終えるとすぐに机に向かい、テーブル一杯に書類を広げノートパソコンの電源を付ける。
  そんな彼女を横目で見ながら、僕はテレビのチャンネルを換える。
  NHKは工芸細工、NHK教育はオーケストラ、日テレはCM、TBSもCM、フジもCM、テレ朝もCM、テレ東は面白くなさそうな番組宣伝、BS第一はCNN、BS第二は洋画の途中……九時ちょっと前の時間、テレビは退屈なチャンネルばかり。
  首を伸ばして、彼女の肩越しに、熱心に読んでいる書類を盗み見る。
「何してんの?」
「ん、仕事の書類。今週中に提出しなきゃいけないの」
「へー」と抑揚なくうなずいて、ソファの下から滑り落ち、そっと彼女の背後に吸い付く。
  やらなきゃいけないことのある女性の後ろ姿はどうしてこんなに魅力的なんだろう――普段とは違う真面目な表情が素敵に見える。ああ、真剣な眼差し、真一文字に閉じた唇、追い詰められた背中、ああ、なんて愛おしいんだ。
  愛おしいから……邪魔したい。
と、相手もさすがに又三良の彼女、僕の心理など軽く読んでいる。
「邪魔しないでよ」
  僕は構わず、後ろから抱き締めて、
「うん、邪魔なんてしないよ」
とうなずく。
「じゃ、離れて」
「いやだ」
「離れてよ、仕事出来ないよ」
「ん、手伝うから」
「悪いからいいよ。あっちいってて」
「ううん、手伝う」
「又さんが手伝うことなんてないから」
「じゃ、暖かく見守る」
「私は良いから、テレビでも見ててよ」
「やだ」
「もー、止めてってば!」
  突然、声を荒げたのは、僕が彼女のおっぱいをパフパフと触ったからだ。
  会話のやり取りと胸を触った後の態度で、彼女の心の中(追い詰められ度)をさり気なく計る。大体、今週中が〆切なら、今日は火曜日なんだから明日明後日でやればいいのだ、なんて、もちろん彼女の性格からそんなことはできないに違いない。
  服の上から胸を触りながら、息を吹きかけ首筋を攻める。
「ん、ちょっと、止めてってば」
  背後の地の利を利用して、ブラのホックを外す。プツッと緊張感が解ける胸の谷間、Tシャツを捲り上げれば、そこはもう生チチ天国。同時に舌を伸ばして、うなじから耳の裏を舐める。
「んっ」
  思わず、ビクッと身体を震わす彼女に、
「あ、今、感じたでしょ?」
と、意地悪に言う。
「感じてないって、もー、止めてよ」
「いや、感じたもん、素直に言わないと止めない」
と、今度は両手で彼女の両脇をくすぐり攻撃。
「いー、止めて、分かったから、感じた感じた、だから、止めて……」
  手を止めて、振り向いた彼女と目が合う。その瞳は確かに何かを感じていた――それは殺意に近いモノだけど。
  悪ふざけもいい加減にしておかないと、と手を離すと、
「まったく、もう」
と髪の乱れを直しながら、彼女は僕を睨み付けた。
 
  こんな極端な例じゃなくても、恋人とのメールや電話でも、ふとそんなことを思ってしまうことがある。
  愛おしいからこそ、無視できない呪縛。
「私を取るの? 仕事を取るの?」
  そもそも、較べるべき対象じゃないのに、訊いてしまう愚問――そんな心の裏にあるのは、好きな人には何よりも優先して欲しいというエゴイズム。ただ、困る顔が見たかっただけかもしれない、ごめんね。

  いとおしいってうっとおしい。
  それもまた、誰かを愛する幸せの一つなんだけども。

 (了)
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