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author
細川又三良 (ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。
art direction & design
Instant Design Works
photograph
matasaburo EXHIBITION |
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| 027.『抱きしめたい』 |
| Date: 2005.08.22 |
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「今、ここで、抱きしめて欲しい」
と僕は言った。
「えっ、ここで?」
僕の顔を見て、目元にどこか少女の幼さを残した彼女は笑うのを止めて真顔になった。
「そう、ここで、今すぐ」
夜九時ちょっと過ぎの新宿東口。絶え間なく重なり合う電車のシルエット、夜空の主役を星から奪ったネオン、東口の象徴であるアルタビジョン、僕と彼女の周りには大勢の人間が行き交っている。
未だにこの街を好きになれない理由は、あまりにも人が多すぎるくせに落ち着ける場所――例えば、居心地の良いカフェがないことだ。
「わかった、ちょっと来て」
彼女はそう言って僕の手を引っ張って、近くにある階段の下に座らせた。そして、自分は一段上の階段に座り、僕に向けて両腕を小さく広げた。
「はい、どうぞ」
彼女の言うままに一段下の階段に座り、彼女の胸に頭を寄せる。彼女の腕が僕の頭を優しく包み込む。
「どう?」
「悪くないよ、ありがとう」
「……何があったのかは、訊かないから」
その言葉に思わず苦笑してしまう。
このフリは面倒なグチは聞きたくないと言うサインか、もしくは私にだけ悩みを話して欲しいというアピールなのか。
きっと、後者に違いない。
ちょっとした歳の差カップルの悩みはこんな所にもある。弱みを見せない年上彼氏とどこか頼りにされたい年下彼女。「僕だって、君にいろいろ甘えているよ」とは言うんだけど、彼女はもっと分かりやすい甘える男の態度を求めてくる。
でも、僕は割と単純で素直な男なのだ。
話を聞いて欲しい時はちゃんとそう言うし、「抱きしめて欲しい」と思う時は抱きしめて欲しい、ただそれだけなんだけどな――と口には出さないでおく。
「じゃあ、当ててみてよ」
「え?」
「抱きしめて欲しい理由」
特に理由も無く、ただ抱きしめて欲しいのだから、僕の中には答えがない。だったら、それをクイズにして、彼女が望む答えを正解にしようと思った。我ながら、小狡い大人のやり方だよなとほくそ笑む。彼女は躊躇することなく答えた。
「又さんは、たぶん疲れてるんだよ。お仕事とか忙しくて……」
確かに仕事で疲れてはいるんだけど、それは毎日のことだし、現代人は多かれ少なかれストレスと疲労を抱えてるものだ。そんなことは理由になんてならないだろう。
「ハズレ」
僕は小さく首を横に振る。
「んー、じゃあ……書くのとかしばらく休めば。煮詰まった時には、少し休んで良いアイディアが思い浮かぶのを待った方がいいんじゃない?」
今度は創作活動の悩みだと思ってるのだろう。その悩みも尽きないけど、小説やデザインで悩んだら、僕は誰か他人に愚痴をこぼすよりも、他の人の作品を読んだりして気分転換をする。
「それもハズレ」
負けず嫌いの彼女は、んー、と喉を鳴らしながら必死に考えてる。
「あー、悪口言いたい人には言わせておけばいいんだよ。否定的な人ってどこにもいるもん。気にしなくていいよ。私は又さんが書いたモノが好きだから」
なるほどね、前に見掛けた2ちゃんねるやブログでの粘着コメントについて言っているんだ。たしかに、えげつない事ばかり書かれると腹が立つけど、慣れてしまうと、これも一つのコミュニケーションなのだろう、と思って大して気にならなくなる。
しかし、これ以上、クイズを続けるのも面倒になってきたので、これを答えにしようと決める。
「そう、それがアタリ」
「え、当たり? ホントに?」
「うん。もう、やってられないよ」
じっと僕の目を見る彼女。おもむろに口を開く。
「あーダメだ、絶対ウソだ」
「どうして?」
「わかるよ、又さんのウソって目を見ればすぐ分かる」
ふうー、と長いため息を吐いて、最後に、
「無い」
ときっぱりと言う。
「へっ?」
「だから、理由なんて無いよ。ナッシング、ただ、ギュッと強く抱きしめて欲しいだけ」
もう一度、僕の真意を確かめるようにじっと見つめる彼女。
「あはは、又さん、なんかうざったい女の子みたい」
うざったいとは何だよ、と思いつつ、
「男だって、ただ抱き締められたいって思うときがあるよ」
と答える。見続ける彼女。
「もしかして、又さんってマザコン?」
悪意はないんだろうけど、彼女の言い方がいちいち引っ掛かる。
「はは、そうかもね。でも、どちらかと言うとファザコンだな。恥ずかしいけれど、今でも心のどこかで父親に抱きしめられたいと思っているのかもしれない」
彼女の視線が自然と僕から離れる。僕もまた駅へ急ぐ人の中から、父親に近い中年男性の姿を探してしまう。
「最後に親に抱きしめられたのは、いつ?」
不意打ちを食らわすように彼女に訊いてみる。
「え?」
「いつだったのか覚えてる?」
「……そんなの覚えてないよ。たぶん、小学生の頃が最後だったと思う」
「そうだよな、普通は覚えていないよね。子供から大人になるにつれて、親から抱きしめられることなんて無くなるじゃない。それって、どこか淋しいことだと思わない?」
「んー」
「成長すれば、こうやって恋人に抱きしめて貰うこともできるんだけど、でも、同じ行為でも親と恋人とは違うように感じるんだ。たぶん、今、僕が求めていたのは、親から抱きしめられたいような気持ちなのかもしれない」
「ふうん……じゃあ、又さんは覚えてるの? 最後に抱きしめられた記憶」
「ああ、それが残ってるんだよ」
あれは、高校二年の冬休みだった。
模試の結果も芳しくなく毎日の補習にもウンザリして、学校から帰ってきた時、オヤジは居間に布団を引いてテレビを点けっぱなしにしながら寝ていた。僕はジャージに着替えて、オヤジの隣でテレビを見ていると、突然、オヤジが目を醒ました。
「お前、帰ってたのか」
「……ただいま」
すると、オヤジは上に掛けていた毛布を、僕を向かい入れるように広げた。それは僕や兄弟が幼かった頃、一緒に寝る時にしたオヤジの合図だった。
親に反発することが当たり前の高校生、付け加えるなら僕は男だった。大人になりつつある男子高校生が、いい歳して父親に抱かれて添い寝するなど、通常なら恥ずかしくて考えられないはずだ。
そのはずなのに、僕は幼い子供の時のように父親の腕の中に潜り込み、久しぶりに感じた深い愛情と守られてる安心に包まれて、眠りに落ちてしまった。
「へええ」
「今、こうやって話しても、どこか気恥ずかしいよ。でも、あれが最後なのはハッキリと覚えている」
「今のところ、でしょ?」
「まあ、まだオヤジは生きてるからね。でも、あんなことはもう無いだろうし、同じように抱かれたとしても、社会に出てしまった僕はきっと違うものを感じるんだろうね。この前、オヤジの背中を見てびっくりしたよ。こんなに小さかったかなって……だから、思うんだよね。父親と息子、守る立場と守られる立場で抱きしめられたのはあれが最後なんだってことをね」
ひょいと彼女の表情を伺う。
わかっているような、わかっていないような顔に見えた。日頃、彼女は親の干渉を疎ましく思っていたし、父親についてもいちいち反発していた。僕との年齢の違い、男親に対する息子と娘の意識の違いもあって、いまいち僕の言いたいことが理解できないのかもな、と視線を街に戻した。
「さてと」と口に出して頭を上げる。
「どうしたの?」
「交代、今度は僕が抱きしめてあげる」
「え、いいよ」
うれしそうに顔をほころばせながらも断る彼女。
「どうして?」
「だって、又さん、絶対におっぱいとか触ってくるし……」
彼女のそんな発言に身も心もズッコケる。
「さっきまで親の話をしんみりとしてて、いきなりエロモードになるわけないだろ。今も、特に理由はなく、ただ抱きしめたくなっただけだよ」
「……わかった。じゃあ、立ってよ、又さん」
彼女は僕を立たせて、座る位置、脚の広げる角度を逐一指示した。その通りの格好になると、彼女は早速、広げた脚の間にすっぽり収まるように座った。
わきの下から両腕を入れて、お腹の辺りで手を交差させる。そして、後ろからギュッと力いっぱい後ろから抱きしめた。
うっと苦しそうにうめく彼女。
「苦しい?」
と腕の力を緩めてみる。
「うん、苦しいよ。でも、もっとギュッとして欲しい」
時に、大都会の雑踏が妙に心地よく聞こえることがある。よく田舎の大自然と戯れると癒されるって人も多いけど、僕は路上のざわめきの方が不思議と落ち着いた。
いつもなら足早に通り過ぎる街を立ち止まって見る。
行き交う人々の多くは、きっと二度と見ることのない人たち。今後、僕と人生が交差する人はほとんどいないだろう。人がいればいるほど孤独を感じてしまうのに、同時に、関わり合いのない人の群れに安心を抱いてしまう妙な気持ち。
ちょうど秋から冬へと移り変わる頃、孤独と体温を分かち合うに相応しい季節。世界はこんなにも広いのに僕と彼女の二人だけが取り残されたような錯覚に陥る。
さっきよりも力を入れて強く抱きしめる。
僕の手は彼女との約束を破って、服の中に侵入する。ブラをせり上げて両手で温かくて柔らかい乳房を包む。乳首をつまむと、んく、と漏れる甘い吐息。
彼女の背中に顔を当てて、息を大きく吸い込んで肺の中の空気を彼女の匂いで満たしていく。
(了) |
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