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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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025.『少女の頃の微笑みに』
Date: 2004.0107
「へー、これが君?」
  色の褪せたフジカラーのフォトグラフ。白いフチがついた印画紙――その中にいる彼女を見て、自然と笑みがこぼれる。
  子どもが3人並んでいる写真。
  小学生ぐらいの男の子と並んで、同じぐらいの歳の女の子とその横に立っている小さな女の子。頬は紅く染まりぷくぷくに膨らんでいる。ピンクの服が似合っていながらも、短く切りそろえた髪とデニムのオーバーオールがボーイッシュに見せていた。
「うん、その子が私。真ん中がお姉ちゃんね」
「へええ、可愛いね、うん、可愛いよ」
「そお? ね、ね、こっちは!?」
  彼女は手元のアルバムからもう一枚引き剥がし、僕に手渡した。アルバムを一冊丸ごと見せないのは、きっと、その中に見せたくない写真があるからだろう。彼女の検閲をクリアした写真を一枚一枚、トランプのポーカーのように胸を弾ませながらめくった。
「なんか、すごいね」
「……なにが?」
  何て言えばいいのか。こんな小さな女の子が小学、中学、高校を経て立派に成長して、大人の女になったことが、すごいと思うんだよ。写真の中の君は紛れもなくミニチュア版の君なのに、どこか別の人間のような気がする。
  この頃の君に会ってみたい。会って、耳元で、十何年後に僕とつき合うんだよ、と囁いたら、どんな表情をするんだろうね。
  一方的に興奮した僕の説明に、彼女は少し微笑んだだけで、また次の写真を僕に手渡した。
  観光名所である天橋立の前で微笑む白いワンピース姿の女性。どことなく雰囲気が彼女に似ていた。
「お父さん似だって言ってたけど、やっぱりお母さんに似てるね、ほら、目元とか」
「そう?」
  覗き込んで、若き日の母親を見る彼女。
「うん、よく似てる」
「ね、この時のママって何歳かわかる?」
「えっと……」
  一瞬考えて、すぐにその答えを見つけ出す。わざわざ質問してくるぐらいだから、たぶん。
「25歳でしょ? そっか、今の君と同い年だ」
「うん、この頃はもうお腹の中にはお姉ちゃんがいたみたい」
「へええ、今、君もお腹の中に誰かいるの?」
  そう言って、手を伸ばしポッコリと膨らんだ彼女のお腹をつまもうとする。
「ちょっと、やめてよ」
「でも、ほら、こんなにも」
「それは便秘だから、もう三日も出てないし……」
  彼女の言葉に二人で大笑いする。もちろん、脂肪と便秘以外の理由だと困るんだけど、でも――と、再び、幼い頃の彼女の写真を見る。そっか、僕にもこの歳ぐらいの娘でいても全然おかしくないんだ。
  そういう歳になったんだな、と改めて思う。
  彼女も彼女で、自分の母親の写真をじっと見つめて何かを考えている。
「年齢のこと考えているでしょ?」
「うん、やっぱりね」
「自分の母親が結婚した年齢と、自分を産んだ年齢は気になる?」
「そりゃね、女なら誰でも……」
  彼女の母親はその写真を撮った年の暮れに結婚し、翌年、姉が産まれ、2年後、彼女がこの世に誕生することになる。
「男だって、想像するよ。オヤジが僕と同じ歳に何を考えて生きていたんだろうってね」
「うん」
「どうして、結婚を決意したんだろうって、お袋よりももっといい女と出会えたかも知れないのにさ」
「あはは、そうなったら、又さん、今ここにいないよ」
「そうなんだけど」
  その夜、僕と彼女は久しぶりにセックスをしなかった。その話をしてからベッドに入るのは、どこかセックスが愛の行為ではなくて生殖の行為に思えたからだろう。それは厚さ30ミクロンのゴムでは測ることのできない気持ちの問題だった。
 
  その日からしばらく、僕の脳裏に一人の少女が住み着いて離れなかった。
  ピンクのトレーナーにデニムのオーバーオール。撮ったのは父親なんだろうか、とても優しい笑顔で微笑みかけている少女の頃の彼女。
  ふと、言葉になる「守ってあげたい」。
  なるほどな、そう言うことかも知れないな、と思う。
  少女から大人に育った一人の女性の人生を引き受ける覚悟をすること、すなわちそれが“結婚”なのかもしれない。真紅に染まったヴァージンロードを父親に手を引かれ歩き、途中、父から新郎へとバトンタッチし、夫と手を携えて未来を共に歩いていく。
  そして、長い旅路の中で小さな生命が芽生え、新しい家族が誕生する。彼女の娘は、きっとあの写真の彼女のように可愛い女の子に間違いない。
  そんな彼女との子供なら、欲しいかも知れない――。
 
  それから、僕は今まで漠然とイメージしていた“結婚”を自分のこととして考えるようになった。家の都合や結婚資金など現実の問題はさて置いて、自分の中で結婚の意味を位置づけようとしていた。
  時は慌ただしい年末が終わり、新しい年の始まり。
  年末年始を実家で過ごした僕は東京に戻ってから、久しぶりに彼女に会った。
「久しぶりだね」
  僕の言葉に続いたのは、
「あのね、私、結婚するの」
と、突然の告白だった。
  僕の心は砂浜に顔を出した貝殻のようだった。突然の波にさらわれまいと、必死に砂浜にへばりついていた。
「そう、相手は誰?」
「えっと、幼馴染みの人、今年の正月にね、お見合いしたの」
「幼馴染みなのに、お見合いなんてするんだ?」
  さり気ない僕の嫌みにも、彼女は気づきもしなかった。
「一応、形だけね。田舎じゃ、そう言うことが大切なの」
  文字だけ取れば、どこか強引な政略結婚のような印象を与えるけれど、目の前の彼女の表情は晴れ晴れとして、知らぬ間に落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「どんな人?」
「私のお兄ちゃんみたいな人なの。ずっと前から好きだったんだ」
「ふうん」
「又さんも一度だけ見たことあるよ」
「え、どこで?」
「お姉ちゃんと写った写真を見せたことあるでしょ? その写真で一緒いた男の子が、その人」
  確かに写っていたことは憶えているが、おぼろげなイメージで、ハッキリと思い出すことは出来なかった。
「前に話してくれた初恋の人も、その彼なの?」
  彼女は何も言わず、嬉しそうにうなずいた。
  それからしばらく会話を続けたが、彼女の口からは僕に対して謝罪めいた言葉は一切無かった。彼女の中では僕はエッチもする仲の良い男友達だったんだろう。別れ際の言葉も爽やかに、
「じゃあ、また連絡するね」
と笑顔で手を振った。
  その笑顔に僕は慌てて、忘れていた言葉を口にした。
「あ、結婚、おめでとう。幸せになってね」
  彼女はもう一度振り返って、最後に投げキッスを寄越した。

 (了)
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