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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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020.『カンバセイション・パートナー(前編)』
Date: 2006.05.11
「私、あの頃、先輩のこと好きだったんですよ」
  唐突すぎる告白に、飲みかけのビールを吹き出しそうになる。すんでのところでこらえて、缶ビールを口から離して片岡夏希の横顔を見つめる。
  わかりやすく口元を歪ませて、
「片岡さ、そういうのはその時に言うか、一生黙ってるかのどっちかだろ?」
と笑うと、片岡は表情を変えることなく、
「私、負ける勝負って絶対にしないタイプなんですよ」
と言った。
「負ける勝負ねぇ……じゃあ、何で今さらそんなこと言うわけ? ずっと沈黙を守っていればいいのに」
「一生、言わないのも、なんか負けみたいだから」
「変なの。今、言うのが勝ちになるわけ?」
「ううん、引き分け、かな」
「はは、相変わらずだな、なんで、そんなにこだわるの? こんな事に勝ちも負けもないのにさ」
「だって、悔しいから」
「だったら、あの時、どうして勝負しなかったんだよ。一か八かで告白したら、どうなっていたかわかんないよ。オレは誰とも付き合ってなかったのに」
  学生食堂の二階にあるラウンジから外に出て、僕と片岡はルーフバルコニーにいた。ラウンジではOB・OG主催による学祭実行委員会の同窓会が開かれていて、懐かしい顔が一同に並んでいた。
  僕も片岡も地元には就職しなかったため、参加する機会も少なく、卒業以来久しぶりに顔を合わせた僕と彼女はルーフバルコニーに場所を移し、誰にも邪魔されない二人だけの時間を作っていた。
「四六時中、一緒にいたんだからそのぐらいのこと知ってましたよ」
「あーあ、その時、付き合うことになれば、今頃はお互いに極力接触を避けるか、かしこまった顔で社交辞令の挨拶を交わす気まずい関係になれたのにな」
「……結局、別れちゃう運命にしたいんだ」
  随分と温くなったビールを一口飲んでから、キャンパスに視線を向ける。
  プロムナードには学祭のメインステージが設営されて、その両脇にはクラブやサークルの模擬店が立ち並んでいた。そして、あの頃の僕たちのように現役の学生たちが人を楽しませることを忘れて、自分たちだけが楽しんでる光景を目の当たりにした。
「別にそういうわけじゃないけど、ほら、みんな結婚は確実だと言ってた筒井と美奈ちゃんだって卒業後すぐに別れたし、学生時代の恋愛は社会人になると微妙に変わるだろ?」
「香苗と修ちゃんはゴールインしたじゃん」
「でも、結婚はゴールじゃないって言うし、何があるかわからないよ」
「やっぱり、ネガティブなことばっか」
  呆れた口調で手すりにもたれ掛かる片岡。
「じゃあ、前向きに考えるとして、もし、俺たちが付き合ってたら、今頃、鼻タレのガキを連れて同窓会に出席して、パパ、ママ、お腹空いた〜ってぎゃんぎゃん泣かれる未来もあったかもしれないな」
  わざとらしく笑った僕に対して、片岡は言葉を返さなかった。不意に訪れた沈黙に焦ってしまう。
「……って冗談だってば、怒るなよ」
  横目で片岡の表情を伺うと、どこか気の抜けた表情で遠くをどこか一点を見つめていた。
「良くもそんなことが言えるなって思ってた」
と言うと、
「あの時、キスもできなかったくせに」
と独り言を呟くように続けた。
  その声は風に乗って少し遅れて僕の耳に届いた。
  気持ちいい秋の午後、久しぶりに顔を合わせる再会の場で、たかだか缶チューハイ二本で、何、昔のことをほじくり返してるんだよ、と思いつつも素知らぬ顔で首を傾ける。
「何だっけ?」
「忘れたんですか? 後夜祭での罰ゲーム」
  たかだか数年前の記憶を忘れるわけがない。
  この大学に通っていた頃、僕は大学三年生になり学祭実行委員会で学祭のパンフレット制作を担当する編集部の部長を務めていた。片岡は一学年下の後輩で、もう一人、二年の男性部員がいたが、そいつはほとんど仕事をせず、実際の編集は僕と片岡の二人で行っていた。
「……憶えてるよ。オレはああいう遊びは好きじゃないの」
  片岡が言っているのは後夜祭の時の出来事だった。
  キャンプファイヤーを中心にして学祭関係者が酒を片手に労をねぎらうバカ騒ぎ。アルコールが回ると、徐々に悪ふざけが始まり、そのほとんどは引退する三年生に向けられた。
  僕の場合は罰ゲームではめられて、当たりくじを引かされた片岡とキスするハメになってしまった。
  学祭の準備期間中、ずっと一緒にいた僕と片岡を周りの連中がどう理解したのかわからないが、クラブやサークル活動での恋愛ではこの手の周りの余計なお節介は良くあることだった。
「キッス! キッス! キッス!」
  周りが囃し立てる中で、僕と片岡は背中を押されるように輪の真ん中に立たされた。
  しょうがねえなぁ、一発ウケ狙いでガバッと抱きついて熱烈にキスした振りでもするかな、と思って、片岡の顔を見ると、一瞬、瞳が揺れるのが見えた。落ち着かない視線の動き、口元は苦笑いのままで、身体はかちんこちんに固まっているように見えた。
  次の瞬間、僕は両手で片岡のEカップを誇る乳房を鷲づかみにした。
  胸を押さえてしゃがむ片岡、僕は周りに言い触らすように、「オレはキスよりもおっぱいを狙ってたの」と叫んで、グラウンドの方向に走り去った。
 
「ああいう遊びが好きじゃないって言って、キスはダメで、人の胸を掴んで逃げるのは良いいんですか?」
「何だよ、謝って欲しいなら、謝るよ」
「謝ってください」
「はい、あの時は申し訳ありませんでした」
「本当に謝ってる?」
「心から謝ってるよ」
「何に?」
  は? とポカンと口を開ける。そりゃ、胸を触ったこと以外に何かあるの? と口を開いた瞬間、
「どうして、キスをしないで逃げたんですか?」
と僕の横顔を見つめた。
  二人の間に奇妙な緊張感が生じようとしていた。燃えさかるキャンプファイヤーの炎に照らされた二十歳の片岡の顔が脳裏に甦ってくる。身体を反転させて壁に背をもたれる。そして、うっすらと漂う霧を一気に吹き飛ばすような勢いで、ふざけた口調で言った。
「え、片岡、お前、もしかして、あの時、キスして欲しかったの?」
  ううん、と無言のまま小さく首を振った片岡に、
「ならいいじゃんか……まったく」
と口を尖らせるように言った。
「先輩はどうだったんですか?」
「え?」
「遊びじゃなかったら、私とキスしていました?」
  もう、一度、身体を外に向けてキャンパスを眺める。僕の視線は模擬店にいる一組の男女を捉えた。先ほどから男が女にちょっかいを掛けては叱られて追いかけ回されている。
  あの二人はどんな関係なんだろうか、確実に言えることは彼らはまだ恋人関係ではないことだった。そして、男の方が女に好意を持っていること――女がそれに気付いているかどうかはこの距離で無くてもわからないだろう。
「うーん、どうなんだろうね……たぶん、しちゃったと思うよ」
  僕の返事と同時にため息が聞こえた。
「嘘つき」
「え、仮定の話に、嘘もへったくれもないだろ」
「ううん、嘘」
  強く言い切ってから片岡はしっかりと息を吸い込んで、
「あんな場で、誰も真剣にキスなんて期待しませんよ。おでこに優しくキスすればいいじゃなかったじゃないですか。胸をタッチして逃げるなんて、あんなこと、全然、先輩らしく無かったですよ」
と間髪入れずにしゃべり続ける。
「あの時、私にキスしなかったのは――あの場に松尾さんと倫子先輩がいたからなんですよね」
  一旦、間を置いてから、なるほどね、と喉の奥で呟く。
  その名前を出すために、僕をここまで追い詰めたのか、と思わずほくそ笑んでしまう。片岡に何の目的があるか知らないが、彼女の言葉は的確に僕の心を揺れ動かし、懐かしい痛みがうっすらと胸に蘇ってきた。
  そう、片岡の言うとおりだった。
  あの時、片岡の肩にも触れることが出来なかったのは、遠巻きに見つめる二人の姿を目の隅で捉えたからだった。

 (※『中編』につづく)
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