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僕と君と明日のつづき
四畳半ダンディズム
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細川又三良
(ほそかわ・またさぶろう)
1972年愛知県生まれ、男性。

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014.『湯けむりヴィーナスと裸の王様』
Date: 2006.04.18
「お待たせ〜」
  彼女の声に振り向いた瞬間、ポカンと口を開けてしまった僕がいた。
  周りにいる四人の男たちも僕と同じ方向を向いて口を開けていた。僕とは違うのは、ほぼ全員の口から同時に、
「おお〜っ!」
と歓声にも似た静かで太い声が漏れたことだった。
  のどかな山里にある温泉旅館の露天風呂。
  事前にバスタオルを巻くか、用意された入浴衣を着るように言っておいたのに、女子更衣室から出てきたまどかはハンドタオル一枚を腰に巻き、胸は片手で押さえるだけの格好だった。
  二十一歳の若い肌、アンダー70のDカップの乳房、そして、すらりと伸びた細い脚が、僕を含めて五人の男の視線を集める。
  湯けむりの中に姿を現したヴィーナスの誕生。
  自分を見つめる視線の中で、戸惑う僕の二つの瞳を見て、まどかは恥ずかしそうに微笑んだ。
 
  一泊二日の温泉旅行はいきなり決まった。
  大学の夏休みを利用して、まどかは合宿でオートマ限定の講習を受けて、府中で九十五点を取って見事、免許を取得した。そして、その翌週に父親の車を借りて彼女の運転でどこか遠くに行こうと提案した。
「ムチャするなぁ」
  思わず呟いた僕に、
「リエたちと一緒に行くことになってるし、もう、予約も取っちゃった」
  予約って……と首を傾げる僕に、まどかは慣れた手つきでノートパソコンのキーボードを叩いた。
「えっと、群馬の温泉、インターネットで予約してみたの、ほら」
  検索結果から宿の名前をクリックすると、画面上に紅葉の景色と露天風呂の写真が表示された。彼女の手からマウスを取って、せっかくの温泉旅館なんだから料理や部屋よりも、まずは温泉だよな、と湯けむりマークを適当にクリックしてみる。
  源泉や効能といったテキストの中に、ある言葉が目に飛び込んできた。
「あ、ここって混浴があるんだって」
「え、うそうそ、ホントに?」
  目立ってはいなかったが、露天風呂の説明文の中に混浴の説明があった。女性客に配慮しているのか、水着の着用は禁止されているが、バスタオルや入浴衣着用の入浴は認められているようだった。
「ここが混浴って知ってたの?」
  まどかはブルブルと首を振る。
「ううん、全然、知らなかった。安いし、近いから選んだだけなんだけど……」
「へええー、まどかちゃんは混浴に入りたいんだね」
  いやらしい目つきで液晶画面から彼女に視線を移す。
「いや、違うって、恥ずかしいし、入るわけないじゃん」
「あー、でもさ、逆に、二人で一緒に入れていいかもよ?」
「そうだけど……又さんはいいの? 私の裸が他の男の人に見られちゃうかもしれないんだよ……」
「何で、僕は別に構わないよ。良いじゃん、見せてあげればいいじゃん」
  そう言ってニヤニヤと笑うと、
「えー、ひどいよ、絶対、そんなのあり得ないよ」
と、まどかはさっきよりも大きく首を振った。
 
――そう言っていたくせに、と唇の先で呟く。
  水面から立ち上る湯けむりの向こうで、まどかが桶にお湯を汲んでお尻を洗っているのが見える。
  そんなまどかの肢体を前に、四人の男たちの視線がさまよっている。当然、まじまじと見つめることは出来ないが、みんなさり気ない仕草をしながらも視線はチラチラとまどかの方へ向けている。もしも、まどかではなかったら、僕も彼らとスケベ根性丸出しの視線を投げつけていたのだろうか。
  四人の男たちは、六十代後半と思われる初老の老人が一人と、四十代ぐらいの中年男性が一人、そして、会社の上司と部下の関係なのか、四十代ぐらいの男と二十代ぐらいの若い男が時々親しげに言葉を交わしているのが見えた。
  立ち上がって露天風呂に入ろうとするまどか。腰に巻いた白いタオルが肌に貼りついて、太股が透けて見えるのが妙にエロティックに映る。
  前屈みで左手で胸を隠し、右手で僕に向けて小さく手を振る。その動作で彼女の連れが僕であることが周りの男たちに知られてしまう。いや、別に知られたところでどうなるわけでも無いが、何故か気まずい思いになる。
「おじゃましまーす」
  まどかは無防備にも男たちのいる僕の隣に入ってこようとする。
  脚を上げた一瞬のお宝ハプニングでも期待しているのか、男たちの強い視線に対して、僕は鋭く眼光を光らせて周りの男たちを牽制した。
 
  そんな僕の気持ちをまったく気づかないのか、
「わー、あっつーい、きもちいいー」
と無邪気に声を出すまどか。静かな山間に彼女の明るい声だけが響く。
  周りに気を取られていて、ふと隣に座ったまどかを見てびっくりする。お湯は乳白色だったがその色は薄く、丸まるとした乳房が二つお湯に浮かんでいるのがばっちりと見えた。しかも、まどかは腰からタオルを外していた。
「た、た、タオルは……」
  動揺して聞くと、
「え、だって、お湯の中に入れちゃダメでしょ」
とサラリと答える。
  え、じゃあ、外した瞬間は、と愕然とする。あれだけ恥ずかしがっていたのに、赤の他人の男の前でこの堂々とした態度は……女って一体どんな生き物なのだろう。
  きっと、その時の僕の目の形は鋭角な二等辺三角形になっていたに違いない。周りの男たちもそれに気付いたのか、僕たちから少し距離を置こうとしてるように見えた。すると、
「どこからいらっしゃったんですか?」
と、まどかの声が聞こえた。
  振り向くとまどかは僕たちの横にいた四十代ぐらいの男と二十代ぐらいの若い男に話し掛けていた。二人の男は驚きつつも、旅先の混浴で若くて可愛い女の子に話し掛けられたのがよほど嬉しかったのか、親しげに話し始めた。
「東京から、出張の帰りに寄ったんですよ」
「あっ、私も東京からです」
「学生さん?」
「はいー、大学生です」
「いいねー、肌がピチピチしてて」
「わー、ありがとうございます」
「最初、混浴なんて若い女の子なんているわけないよなって思ってたから、びっくりしたよ」
「あは、でも、やっぱり入るのに勇気要りますよー」
 いつの間にか初老の人や中年男性たちも会話に加わって、まどかの周りを取り囲むようにして話している。僕だけその輪に外れてポツンと孤立していた。
「いやー、お兄さんもうらやましいねえ」
  中年男性が僕にも声を掛ける。
「……そうですか」
「彼女、若いし、可愛いし、おっぱいも大きいし」
  その言葉に周りを取り囲んだ男たちがドッと笑う。
  ははは、と引きつったような苦笑いを見せながら、出来ることならバスタオルを持ってきて、このまままどかの身体を包んでお風呂から上がりたいと、彼女のうなじを恨めしく睨み付けるしかなかった。
 
「ねー、もう、さっきから何を怒ってるの!」
  露天風呂から部屋に戻る途中、マッサージコーナーに寄っていきたいという彼女の声を無視する。原因は言わなくてもわかっているだろ、と黙ってそのまま通り過ぎて部屋に向かう。
  当然、部屋に戻っても憤りは収まらない。
「何、一人で怒ってるわけ?」
  部屋に戻った直後に怒りが爆発する。
「わかるだろ、何で、バスタオルや入浴衣を着なかったんだよ」
「え? だって、お風呂にタオルとか入れたら不潔じゃん」
「そうだけど、混浴だぜ?」
  まどかは口を尖らせて、既に戦闘モードになっている。
「混浴だって、お風呂じゃん、裸で入るのが当たり前でしょ?」
「でも……なぁ、他の男の目もあるだろ」
「それがどうかした? そもそも最初に混浴に入ろうって言ったの又さんじゃん」
  むぎぎ、この小娘め、と両手を握り締める。反論を考えている隙に、反転攻勢に出るまどか。
「いいじゃん、別に何かしたってわけじゃないんだし」
「でも、スケベな目線に晒されて……見られたかも知れないんだぞ、恥ずかしいと思わないのか!」
「恥ずかしかったけど、なんか、途中で気持ち良くなっちゃった」
「ウソだろ」
「ううん、ホント。もう、二度と会わない人たちなんだし、いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「いいや、減る、減るよ、恥じらいとか奥ゆかしさとか……」
「そっかな、逆に増えたような気がするけどな」
「はぁ? 何が?」
  まどかは怒る僕の前でニヤリと笑ってみせて、
「まどかの価値、かな」
と言った。言葉を失った僕に追い打ちを食らわすかのように続ける。
「だって、又さん、すごい顔してたんだもん。まどかの裸、他の誰にも見られたくなかったんでしょ? 私のこと、誰にも渡したくないって思ったでしょ?」
  まどかの言うとおりだった。
  あの時、僕は今まで感じたことの無いほど、まどかに愛情を越えた独占欲を感じていた。一糸まとわぬ姿のまどかの周りに僕を含めて全裸の五人の男がいた。ただ、混浴で同じお風呂に入っていただけだが、全裸だったというシチュエーションだけで下っ腹の奥底からモヤモヤとした感情が沸き上がっていた。
「ヤキモチ妬いてるなら、そう言えばいいのに」
  うつむいて、ううん、と首を横に振り続ける。
「……あっそ、じゃあ、一人でマッサージしてくる」
  その瞬間、僕は彼女を強く抱き締めて、随分と荒っぽく唇を奪った。「ちょっと待って、やめてってば」と言うまどかに構わず、その場で強引に押し倒し、乱暴に浴衣を脱がせて首筋に吸いついた。
 
  湯けむりヴィーナスと裸の王様。
  そう、僕は裸の王様で、偉そうにふんぞり返りながらも、嫉妬の炎に身を焦がして、まったくみっともない姿を晒していた。しかし、ジェラシーは最高の愛のスパイス、その日、狂ったように彼女を求めたのは言うまでもない。

 (了)
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